郊外物語
子供たちは廊下の突き当たりの教室に駆け込んだ。デボラは、ダイニングキッチンに真砂子を手招きして導いた。機能一点張りの、いかにも生活感のない台所だった。毎度のことながら、潜水艦かキャンプ小屋にもぐりこんだ気がする。デボラは、薄いコーヒーをジョッキに入れて真砂子にすすめた。もみ殻の匂いがする。コーヒーの味がまったくしない。夏にも同じものを飲まされた記憶がある。てっきり安物の麦茶だと思っていた。嗅覚も味覚も未発達なのか、退化してしまっているのか。やや呆れながらこの異人を見つめた。
デボラは、孝治に、トフルとトイックを受けさせる予定だと言った。アメリカでは、大学入試のための統一試験で、たまに高校生を上回る成績をとる小学生がいる、孝治も高得点がとれることを自分は確信している、と言った。
デボラは立ち上がると、教室に行って書類を持って帰ってきた。ドアが開いているあいだ、孝治と奈緒の歓声が聞こえた。なにが楽しいのだろうか。軽い嫉妬を感じた。
真砂子の向かい側に坐ったデボラは、その書類を真砂子の胸元に押し出した。A4の用紙二枚に、ワープロで打った英文が、びっしりと埋まっていた。
「それはマミーという題で二人が書いた作文です。とてもよく書けていて、感動的ですらあります。二人が真砂子をどれだけ愛し、信頼しているか、よくわかりました。ご覧ください。上のペイパーが孝治の書いたものです」