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郊外物語

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ミズ、デボラ・ド・マーニーは、三十一歳の美しいアメリカ人女性である。彼女は、普段は、貴族を表わす?ド?をとって、ただのマーニーと自己紹介する。ラドクリフ女子大の最後の卒業生だ。ラドクリフはハーヴァードに吸収されてからだ。敷地を共有してきたハーヴァードの修士課程で国際関係論を専攻し、東アジア諸国の近代外交史を研究するために日本にやってきた。ちょうど真砂子たちがこの町に移転してきたころ、彼女も郊外の私立大学の講師の職を得て、都心から移ってきた。自分のマンションの一室で、ささやかな英語教室を開いている。授業は九十分間、ほぼマンツーマン形式でおこなわれ、教室内では英語しか話せないことになっている。彼女自身は流暢な日本語を操れる。孝治は三年半、奈緒は二年、彼女の世話になっている。孝治はそのおかげでいまや完全なバイリンガルだ。英語の夢を見、英語で寝言をいう。奈緒も、英語と日本語が無意識にちゃんぽんになることがある。真砂子は、言葉を教える立場にあるデボラをうらやましく思っていた。真砂子は二人の子に日本語を教える機会がなかったことを、残念無念に思う。義人と結婚したときに、二人はすでに、NHKのアナウンサーもたじたじとなるような普遍的な日本語をしゃべっていた。真砂子は、言語を子に教え込むという親の特権を手に入れられなかった。後妻だからしょうがなかった。だから今や他の面での取り返しにおおわらわなのだ。
教室は十階建てのマンションの最上階にある。ブザーを押すとすぐさまデボラがにこやかな表情を浮かべてドアを開けた。身長は真砂子よりやや高く、百七十センチほどだ。肩までの金髪を後ろで無造作に束ねている。肌の色は真っ白というわけではない。イタリア系だそうだ。眼は鋭いが、ユーモラスによく動き、ときどきびっくりしたように見開かれる。慣れないうちは、なにかこちらに落ち度があったのかとおろおろしたものだった。厚手のワンピースを着て、くるぶしにレッグウォーマーをつけているが、全体としては軽装だ。
「ハーイ、こんにちは。寒いでしょ。急いで中に入ってね。私が寒がりだから早くドアを閉めたいだけなんだけど。真砂子もお入りなさいよ」
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦