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郊外物語

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真砂子はさっきからためらっていた。玲子はいま部屋にいるはずだ。電話をかけようか。降りて行ってブザーを押そうか。だが、何を話したらよいのか。そもそも、第一に話し合う相手は義人であるはずだが、真砂子はすでに義人を憎むまいと決意し、実際憎めなかった。義人に発覚を悟らせ、話合いがののしりあいにでもなったら、義人を憎むことになりかねない。だから真砂子は気づかなかった振りをし通すつもりだった。さらに真砂子の期待は膨らむ。義人は根が真面目だから、いつか良心の呵責に耐えかねて、なにも知らずに自分と子供たちに献身してくれる貞淑な妻に、今以上に感謝し、優しく振舞うことになるだろう。もしかしたらその挙句に真砂子に頭が上がらなくなるやもしれない。災い転じて福となる。ここは我慢のしどころだ。寛容と忍耐の発揮しどころだ。だから、話し合う相手は玲子しかいなかった。真砂子はふらりと恐ろしい誘惑に駆られる、悪魔のささやきが聞こえる、もはや話し合いなどしている段階か? いやいや、落ち着かねばならない。なにをなすべきか、なにをなさざるべきか、冷静に考えよう。話し合いを提案するのは、こちらの条件を整理整頓してからにしよう。こちらの条件? たとえば、慰謝料と引越料はこちらが持つから、義人と別れてここから出て行ってほしい、とか? 馬鹿げた話だ、屈辱的だ。呑まなければ達郎にばらす、とか? なんと下司な! 条件の問題などではなかった。またまちがえてしまった。玲子に、自分がいかに甲斐ないことをしているかを納得させるための、話のもっていき方を案出しなければならないのだ。それなしで躍り込んだら掴み合いの喧嘩に終わるだけだ。玲子自身がもうこれからはメールを送ったり隠れて会ったりする情熱をもてなくなったと自ら認めるように、仕向けねばならない……
真砂子は掃除機を片付けて、洗濯をはじめた。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦