郊外物語
「でも、あの人、やっぱ、違うよね。原始人っぽい。ダディーがどうしてああいう人と結婚したのかわかんない」
「僕はわかる。ダディーみたいな近代人は、原始人に弱いのさ。コムプレックスさえ持ってる」
しばらく沈黙が続いた。奈緒が口を開いた。
「あの人、いつまでうちにいるの?」
「それはわからない。ただ、なんとなくだけど、もうすぐいなくなるような気がするよ」
「そうだったらいいね」
再び沈黙が続く。しかし、暗闇の中に、ある異様な熱気がこもりつつあった。お互いの寝返りの音に、お互いが聞き耳を立てている。ついに奈緒が兄に語りかけた。
「おにいちゃん、どうする? 奈緒のとこ、来る?」
待ってましたとばかりに孝治は身体を起こすと、ベッドのはしごを降りはじめる。その途中で奈緒にささやく。
「今日、僕、元気だよ」
、十二月十二日 月曜日
真砂子は、朝の慌ただしさにかまけられたのが快かった。普段の月曜日とまったく同じように、家族四人でなごやかに朝食をとり、夫と子供たちを送り出せたことに満足した。しかし、子供たちの後姿を見送ってドアを閉めたとたんに、どす黒い憎悪の汚水が心の中に滲み出てきた。
真砂子は各部屋の暖房を切って、すべての窓を開け放った。土曜ほどではないが、北風はカーテンをはためかせ、花瓶にさした寒椿の花を揺らめかせ、一枚だけになったカレンダーをめくりあげて、室内を駆け抜けていく。遠くでなにかが落ちた音がした。真砂子は北風の中でしばらくぼんやりと立ち尽くしていた。寒気が体の中にじわじわと忍び込んでくるのが心地よかった。しかしやがて、全身を揺り動かす大きな身振いに襲われた。我に返ると、あわててすべての窓を閉めて廻った。玄関の靴箱の上に置いた花瓶が落ちて割れていた。南天の真っ赤な実と葉が三和土に散って鮮血のようだった。
掃除機を取り出して絨毯をしごき始めた。機械的に丹念に。しかし心ここにあらずだった。