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郊外物語

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「彼は馬車馬だった。そもそも下品だ。同じ偉人伝に載ってる人でも、ナポレオンは教養があった。エジプト遠征のとき、スフインクスを背にして、大軍団に向かって、諸君はいま世界史に直面していると大演説をぶった。陣営にゲーテを呼び、ウェルテルはくり返し読んだといって文豪と文学論を戦わせてひけをとらなかったた。背後にはダヴィンチのジョコンダが掛けてあった。ダディーが言うには、鳥瞰の出来る人が教養ある人だって」
「チョウカン?」
「鳥が空から地上を見るように、すべてのことを見わたすことだって」
「じゃ、いっぱい本読んでいっぱい勉強してなきゃだめじゃない?」
「必ずしもそれは必要じゃあないよ。民代おばあちゃんに聞いたことだけどさ、たとえまったく本を読んだことがなくて、学校にいったことがなくたって、どんなことを聞いても、そういえば思い当たるふしがある、って言える人は教養がある人だって」
「ふ―ん、教養があるかないか、見分けるの、むずかしいのね」
「そう。教養がないと見分けられないよ。エジソンの次はキューリー夫人伝を貸してあげるよ。この人は教養がある。それに、僕、キューリー夫人はどんな女優よりも美人だと思うよ」
「うちにいるあの人、教養ないし、馬鹿かもしれないけど、体はじょうぶね。針飲ませても死ななかったじゃない」
「あのことは忘れよう。僕らは今よりもうんと子供だった。思い出すと恥ずかしいよ」
義人が真砂子と再婚して一年たったころ、孝治と奈緒は、共謀して昆虫針の先をペンチで切りとって、真砂子のハンバーグに埋めたことがあった。
さらに奈緒は言い募る。
「あの丈夫な体、臭いよ。腐った昆布の匂いがするじゃない?」
「体臭だ。まあ、沖縄出身者がみんな体臭が強いわけでもないけど、人種が違うんだからしょうがないさ」
「えっ、沖縄人って日本人じゃないの? やっぱ、そうだったのか!」
「僕らのような弥生系とは系統が違うね」
「土人なの?」
「日本列島の先住民の子孫だ。弥生系は白人で、沖縄人やアイヌはインディアンだと思えばわかりやすい。あのねえ、奈緒。あの人の前でも、誰の前でも、土人なんて口に出すなよ。差別だ」
「差別のどこが悪いの?」
「誰かを差別すると、そいつが怒ってやっつけに来るから身の安全のために差別はするなと言ってるんだよ。いい悪いはどうでもいいんだ」
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦