郊外物語
いけない。やっぱり涙が出てきた。真砂子は涙の意味が分からない。悔し涙か、望郷の涙か、少女の自分を憐れむ涙か。
「マミー、どうして泣いてるの?」
孝治が眉を八の字にゆがめて心配してくれる。
「いい唄なんで感動の涙を流してんの」
「嘘だぁー。本当に悲しそうだよ。僕達、マミーを泣かしちゃったのかなぁ」
「マミーに悲しいことなんかなーい。余計な心配はしないで、さっさと寝なさい」
真砂子は二段ベッドに近寄ると、大げさに孝治の胸を右の手のひらでついて仰向けにさせた。
「電気消すわよ」
答えのないままに、真砂子はスイッチをオフにすると、ノブのぽっちを押した。暗闇の中に二人の子の息の音が聞き分けられた。真砂子は、じゃ、おやすみ、と小声で暗闇にささやきかけてからドアを閉めた。
真砂子が出て行ってからの二、三分間は、子供部屋に聞こえるのは、寝返りの音だけだった。やがて、長いため息が上の段からもれた。
「今日も吐いたね、沖縄料理」「そうだったね」
二人は夕食に食べたものをトイレで口に指を入れて吐いていた。二人とも沖縄料理は大嫌いなのだが、しばらく胃に貯めておくぐらいは出来るようになっていた。
「あの芸またやらせたら、泣いてやがんの」
「馬鹿みたい。ねえ、あの人もともと馬鹿なの? おとなのくせに英語出来ないじゃない」
「民代おばあちゃんは、あの人は教養がないって言ってるね」
「教養がないっていうことは馬鹿っていうことなの?」
「そうじゃないよ。教養のある馬鹿もいるよ」
「教養があるってどういうこと? いっぱい知ってるってこと?」
「うーん。オタクや薀蓄垂れを教養ある人とは言わないからね。学者だって専門馬鹿で無教養なのはいっぱいいると思うよ。たとえば、世界偉人伝のエジソンの巻を僕が奈緒に貸しただろ。あのエジソンは教養がない」
「へーっ。あんなに物知りで、たくさん発明したのに?」