郊外物語
右の人差し指で右の目じりを引っ張りながらあかんべーをしてここでまた礼。客の二、三人が必ず笑ったものだ。「ねえちゃん、いくつだ」と、このときにおやじからよく尋ねられた。そのことは子供達も知っている。
「ねえちゃん、いくつだ!」
孝治がオヤジ声で叫ぶ。
「十三,七つでございます」と明るく元気に答える。実際は十七だった。
「あはは、今日も、マミー、うそ言ってる。三十七でございますだあ」
奈緒が、野次る。
「そうだったかも知れません。さて、左手をご覧ください」
真砂子は左手を上げる。出前持ちが盆を持つようにと教えられたものだった。眼をちらりと左に向ける。真砂子の目の動きにつられてたいていの客が左を見た。子供たちも見る。当時の真砂子自身は眼をすぐにもとに戻したものだ。左を向かない客がどれだけいるかをうかがうためだ。そういう客のために、今ちょうどあそこに、とか、あらあら今日は、とか言いながら、今度は自分も首を左に向けて客の関心を引っ張る。
真砂子はにこやかに口上を述べ続けながら、胸がどきどきしてきた。自分がバスの前部乗降口のそばに立って、客席を見回しているような感じ。なんだかバスが北上していくような感じ。真砂子は生唾を飲み込んだ。名護に近づいていく。与那嶺川に近づいていく。
孝治と奈緒が叫ぶ。「歌、歌ってよ。島唄、歌って!」「歌って!」
真砂子は困ってしまう。今日は感情の高揚が極まった。まだ治まっていなかった。歌っている途中で涙が出たらどうしよう。しかし、子供たちの切なるリクエストにこたえねば……
「沖縄本島にも、周囲の島々にも、島唄と称す土地の歌が数え切れないほどございます。本日は、沖縄本島の北東に位置する、名護の島歌をご披露しましょう」
真砂子は、選曲に失敗したなと後悔しつつも、咳払いをしてから歌い出した。
「でぃーぐぬ花、わんねーからじに挿し、でぃーぐぬ花、いやーや口にくわえ、たいびけーやてぃんーたん、ちちぬゆーぬ名護ぬはまばた。ねんねー十六、いやーや十八、水平線にカンナイが光いん、八月十五夜ぬ、別い
(でいごの花を、私は髪にさし、でいごの花を、貴方は口にくわえ、二人だけで踊った、月夜の名護の浜辺。私は十六、貴方は十八。水平線に雷が光った。八月十五夜、永遠の別れ)」