郊外物語
食事が終わると、子供達はトイレに行き、歯を磨く。真砂子が子供部屋で待っていると、勢いよく走りこんできて、孝治は二段ベッドの上の段、奈緒は下の段に寝そべった。
「今日はすぐ眠れるでしょう。マミーはお台所に戻るわよ」
「やだー」と二人は同時に叫んだ。
「僕達はいっぱいお話してあげたでしょ。今度はマミーの番だよ」「そうだよっ」
子供部屋は玄関を入ってすぐ右側にある。四畳半の部屋は、北側と廊下側に窓があるが、昼間でもあまり明るくない。廊下側の窓が大きな本棚でふさがれているせいだ。二人とも昼間にいることはめったになかったからかまわなかった。ドアを開けて左側のところに壁に沿って二段ベッドが置いてある。正面の窓の下には白塗りのラックがあり、二台のパソコン、ゲームソフト、攻略本、IT関連の雑誌が並んでいる。右側の本棚には、分野別に配列されたハードカヴァーが並んでいて、中には相当にマニアックな本もある。とても小学生の蔵書とは思えない。部屋の中央には、椅子と机一体型のデスクが向かい合っておいてある。アメリカ製の学校用のものだ。日本でも、私立校や会見場や記者クラブで見かけることがある。いま真砂子はそのデスクに向かって坐っている。
子供達がこの部屋で眠る晩は、たいてい真砂子がお話をしてやる。利口な子供達なので、子供だましは通じない。真砂子が苦労するところだ。自分は話題の選択について大きな間違いをしているのではないか、といつも不安になる。お話だけでなく、いろいろな芸も披露する。真砂子は心配になってくる。アレをリクエストされるんじゃないか?
「ねえ、マミー。バスガールやって!」「やって!」
そらきた。バスガイドの口上を、身振りを交えてやって見せねばならない。真砂子は気が進まない。必ず沖縄のこと、あのころの自分や母親を思い出すからだ。しかし、子供たちは喜んでくれるのだ。やってあげよう。真砂子は満面の笑みを浮かべながらすっくと立ち上がった。
「本日は沖縄観光主催、沖縄、海と歴史ツアーに御参加くださいましてまことにありがとうございます」
ここで真砂子は深々と礼をする。ベッドの柵にしがみついている二人も礼をする。
「皆様のお供をつかまつりますのは、私、平良真砂子でございます。ふつつか者の若輩ではありますが、どうかながーい眼で見てやってくださいませ」