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郊外物語

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真砂子は身体をかがめると「マミーは病気なんてしたことないのよ。ただ、変な時間にお昼寝しちゃった。ごめんなさいね」と落ち着き払った風な口ぶりでいった。臭い息を孝治に吹きかけてしまったことには気づかなかった。孝治は黙って不審そうに見上げていた。孝治と並んで立っている妹の奈緒は、にこにこ笑っていた。真砂子は、奈緒の笑顔に天使の面影を見てしまう。なんと邪心のない、見る者を清らかにする笑みだろう。自分がほぼ毎日この笑顔を享受できるとは、なんと幸せなことだろう。
孝治は、九歳で、小学三年生である。冬でも半ズボンしかはかない。いまも厚手の綿の半ズボンから、寒気で藤色になってはいるものの、すらりとしたなま脚を突き出していた。豪勢な褐色の革ジャンバーをまとい、黒のリュックを担いだままだ。電車を乗り継いで英才教育が売りものの私立小学校に通っている。奈緒は七歳で、小学一年生になったばかりだ。兄と同じ小学校に通うようになった。二人とも呆れるほどに賢い子だった。学校に面談に行くと、教師達は、お宅はいったいどんな教育をされているんですか、ぜひ知りたいものです、と言って二人を絶賛した。二人は、平日は、いっしょに登下校する。朝はいっしょに家を出られるが、下校時には、時間差が生じる。たいていは、奈緒の方が早く終わる。すると、彼女は運動場や図書室で兄を待っている。実に仲のよい兄妹で、兄妹喧嘩をしたのを真砂子は見たことがない。二人だけでよく話し合いをする。大方は、妹が素朴な質問をし、兄が自分の意見を述べ、妹の反応には、さらに説得に努め、彼女をより結束力の強い同調者に仕立てていくというパターンがとられていた。真砂子はこの兄妹関係がうらやましかった。家族のメンバー同士が、このような信頼関係で結ばれあうことは、なんとすばらしいことか。孝治と奈緒が成長していくに従って、この結束がさらに深化していくなら、なおさらすばらしい。そのためには、真砂子はどんな努力も惜しまぬ覚悟を持っていた。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦