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郊外物語

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義人はそっと出て行った。真砂子は義人にはとうとう怒りを感じなかった。写真のことだけでも、大いに怒って不思議はないのに、メールに関しても、怒りは玲子だけに向けられていた。義人は人間として様々な弱点はあるけれど悪人ではないのだからと感性がとうに許してしまっていた。義人を憎悪してはならないという理性の発する至上命令が真砂子の心を統制していた。その至上命令は、自らの描くユートピアの実現にひたすら努力すべしという、さらに上位の至上命令から派生していた。ユートピア実現のためには、何とか義人を馴らしてしまわなければならなかった。自分の生涯で、もうこんな人材とめぐりあうチャンスはない。真砂子は、自分がいま手の内に金貨を握りしめていると信じていた。義人を憎悪しながらそれをひた隠していたら、大事業は成就されない。初めから憎まないでおくのが賢明だ。賢明だと理性が判断すると即座に感情も義人に対する憎悪を受けつけなくなった。真砂子の誇る辛抱強さの秘密は、理性と感情のこのような密接な連係プレイ、あるいは原始的な未分化にあった。真砂子は写真のこともメールのことも、自分に与えられた試練だと思った。写真は何とかなる。相手はもう死んでいる。去るものは日々に疎し。こっちが勝つのは明らかだ。しかし、メールはいけない。今の生活にとって、大きな脅威だ。コトは出来心どころではなさそうだ。断固排除しなくてはならない。しかし、何をどうやって排除するのか、ちっともわからなかった。

六時少し過ぎに玄関のチャイムが鳴った。ほとんど同時にドアが開いて、どたどたと走りこむ足音が聞こえた。真砂子は、しまったと思った。またうとうとしていたのだった。子供達を玄関で迎えられなかった。なんてだめなお母さんだろう! 真砂子がベッドから跳び下りる前に、二人の子供がベッドルームに走りこんできた。
「マミー、病気なの?」と兄の孝治が大声で問いかけてきた。「寝てたんで、僕のメールは読めなかったんだね」
真砂子はパジャマ姿のままベッドのそばに直立した。あわてたので身体がゆらりと揺れてしまい、子供達に本格的な病人だと思わせてしまったかもしれなかった。どう言い訳をしようかと考え始めた。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦