郊外物語
ベッドの裏の腹は、年老いたひらめのそれのようで、麻の腹当てのような、蚊帳地のような、ざらつく布が、膨らんで垂れ下がっていた。落ちてくる埃をふっと息を吐いて吹き飛ばしたり、顔をそむけて避けたりしながら、真砂子は、その布地が、あれやこれやの雑物を吊り下げる役割を、かなり長い間はたしてきたことを理解した。垂れた布の底が、真砂子の鼻をなでる。しかし布も歳をとるようで、あちこち破れて、ハンモックの役を果たしにくくなってきたらしかった。ハンモックからこぼれ落ちていたのは、携帯だけで、手紙や日記や書類らしきものは収まったままである。この携帯! 義人に双子の兄弟がいたかのような、二人とセックスさせられていたかような、驚きと屈辱を強いる携帯電話機だった。
真砂子は、携帯に添い寝するような形になった。恐る恐る左の頬にくっつきそうなその携帯に手を伸ばした。さっきテニスコートに持って行った携帯と同色同型のものだった。握ってみて、使い古した感じまでそっくりなので、もう、あきれた。やや湿っているのは、昨晩あたり利用した証拠ではないか? 義人のペニスを握っているような、嫌悪感がむずりと起きる、懐かしい感じもまた起きてしまう。握らせようと待っていたものの罠にかかった屈辱感もちらりと走りはしたが、そんな誤解にかまけているよりも、好奇心と疑惑にこたえてやることが先決問題だった。
蓋を開いて着信履歴を見た。一種類しかない。ティンカーベル。だれだ? ピーターパンの情婦はだれだ? メールボックスを見た。未読フォルダにガードがかかっていない。空だった。既読フォルダも見た。ティンカーベルばかり。一番新しいのは、十二月十一日零時二十七分。ほぼ十二時間前だ。真砂子は見ていいものかどうか、ためらう。事実を知らなければ、的確な行動はありえない。びっくりしたり、落胆したりの一時的反応を恐れていては、これからの生活をリードしていけない。真砂子はメニューボタンを、確信をもって押してみた。
義人さん、あなたとおしゃべりするのが、やっぱり一番楽しいわ。
真砂子は、携帯を顔の前に握り締めたまま、ごろごろ床の上を転げ回った。壁に音を立てて衝突した。まさか!