郊外物語
兄妹は、二重跳びをやってみせ、孝治は三重とびを試みて失敗した。しかし、孝治は、得意げだった。成功して子供っぽくはしゃぐよりは、あとわずかのところで失敗するほうが、見るものにより強い印象を与えるとわかっているかのようだった。
洗濯に一時間半もかかった。洗濯物をベランダに干した。真砂子はかつて自分が高所恐怖症だったことをだれにも言っていない。
沖縄にこんな高い建物はなかった。中学は二階建てだった。商業が四階建てで、三年のときは、教室が最上階だったので、自分がそんな高いところにいると意識するだけで、胃がきゅんと萎縮して痛くなった。十四階に自分が住むとは思いもよらなかった。しかし、自己訓練が大好きな真砂子は感謝した。田舎根性をたたきつぶすチャンスがこんなところにもあったのだ。東京近郊では最高だと真砂子が信じているこんなによい景色には、高所恐怖症なぞという自分勝手をせせら笑う迫力があった。じきに慣れた、と思うことにしていた。実際そうなのだろう。しかし、四十メートル以上はある。日御碕よりは低いが。
時刻はもう十二時。ニューヨークは、何時になるんだっけ、時計が見えない、見えなくてもさっき、時差がわかったんだったのに。憶えてない。記憶力が。ああ、もう。
タバコ。タバコはどこだ。ショートピースを隠してあるんだ。シンクの下だ。ベランダで吸うと他人にみられるかもしれない。キッチンで。換気扇、強にして。
真砂子は、タバコを二本吸うだけではなく、ラムを、お米用の計量カップで一杯飲んだ。録画を見たくなった。大きめのグラスにラムを入れて、リビングに赴いた。部屋の様子はほとんど昨日のままだった。