郊外物語
女房にはなれなかったけど、姑にはなれるじゃない、って言ったらますます泣いちゃった。東京に行って、私が自分の父親探しをするのか、とも疑っていたようだったわ。土壇場になって、自分も連れてってくれって駄々こねて。必死で貯めたバスガイドの給料で、飛行機代と、最初の一年分の学費をひねり出さなきゃならないのに。そしたら、あんまー、百二十万も持ってやがんの。それじゃ、ってんで、着の身着のまま、二人とも生まれて初めて飛行機に乗ってさ。そしたらあんなことになって。ああ、あのこと思い出すと、また泣きそうだわ。なんで飛行機には医者が乗ってないの。あんまー死んじゃったじゃないの。乗ってすぐから、頭痛い、を連発してさ。頭が破裂する、眼が飛び出る、痛すぎて心臓が止まる、って言って。かわいそうに。アナウンスで医者を呼んでも医者はいない。スチュワーデスからもらった睡眠薬を飲ませて寝かせたら、伊勢湾上空で息しなくなっちゃった。糞尿が漏れ出して、飛行機内がくさくなっちゃって。ありったけの毛布かぶせられて小山のよう。羽田で死亡確認だった。後で聞いたらくも膜下出血。斎場には、私と航空会社の人が二人、合わせて三人だけだった。旅館の人たちが嫌がってさ。骨壷をリュックに入れて受験と下宿探し。美術大も受けたけど英語がぜんぜんできなくて。虎治の基地英語がいやでいやで、ずっと拒否反応が続いていて、しかし、そんな甘いこと言ってるから落ちるんだよ。看護学校は英語がなかったから助かったわ。骨壷は、一年後に村の近くの名前も住所もうろ覚えのお寺に、宅急便で送りつけちまった。どうなってることやら。請求書が三万いくらか来てたなぁ。医者を飛行機にいつも乗せておいてちょうだい。航空会社のやつに斎場で言ってやったよ。そしたら、お医者様方には、こちらからお願いしているのですが、制度としては受けていただけません。はなはだしきは、機内アナウンスしても応じない方すらいらっしゃいます、だってさ。ちぇっ、そんなことしても、医者としてはもうからないってか。そんなひまはないってか。せっかくの旅行気分を壊されたくないってえのか。もう、怨むよ、医者を…… あの時、血管拡張剤なり血圧降下剤なり射っとけば助かったかも…… 心拍停止のたびにカウンターショックを与え続けてたら保ったかも…… 義人には言えないけど、もう、ほんとに医者を怨むよ……