郊外物語
体が浮かない。月の映った虎治の眼と私の眼が合った。虎治は、ぶくぶくと音を立てながら叫んだ、「助けてください! 助けてください!」 私は助けてやらなかった。じっと見つめていた。笑いがこみ上げてきそうだったわ。斜め下二メートルほどのところを、たちまち虎治は流されていった。私はその場に膝を抱えて座り込んだ。どれだけ時間がたっただろうか。虎治が、と言うより虎治の水死体が、海まで届いたかな、などと想像していた。蚊にさされまくって、体中をぼりぼり掻きながら、宴会の場所に戻った。最後の二十メートルほどだけ走った。私はあわてたふりをして、虎治が流されたことを伝えた。私はなんて冷静なんだ! 仲間たちは、顔を見合わせ、食料をまとめると、バイクで町へと逃げて行った。それ以後そいつらは村に来ない。しかし、しばらくしてから、私が虎治を川に突き落としたという噂が広がった。虎治の死体はあがらなかった。おおかたサメに喰われたのだろう。いい気味だわ。川音が聞こえる。ドゥーッ。あんときの与那嶺川は水平に倒した滝だった。助けてください、なんてふざけやがって。私の言った言葉じゃないか。網小屋で頭を床にすりつけて、私があんたに言った言葉だったじゃないか。あの時以来男とセックスはしていなかったから、義人としたときは本当に痛かったのよねえ。看護学校の三年間、いじらせはしたけどさせなかったのは、われながら立派だったわ。立派っていうのかなあ。懲りてるから、びびってたのよね。キャバレーの客って、させねえなんてルール違反だろ、って怒るの。化粧すると、ホステスのバイトしてたときの顔になっちゃうから絶対しない。客に医者が何人もいたな。いまでもびくびくもんだ。この業界、狭いから。おとこって、させるとすぐ亭主ヅラしてさ。お前なぁ、なんてなれなれしく呼ぶなよ。わざと友達の前でそう言って、やったことを自慢する。ちゃんと亭主になってから亭主ヅラしなってんだよ。その点義人は偉かったわ。チンピラとは一線を画すわね。あんまーは私の父親からなんて呼ばれてたのかしら。お前なぁ、かしら、やっぱり。旅行の最中の短い付き合いだったし、東京人っぽく気取ってたかもしれないから、義人と同じ、君、かしら。私が東京の看護学校を受けるって言ったら、変な顔をしたわ。看護婦になって、ボンボンの医者をつかまえるんだ、って言ったら、なんで泣いちゃったんだろう? 医者の