郊外物語
……浮世絵師って、へたくそだったのねえ。猥褻なのはしょうがない。衰弱してるわよ。どれもみんな同じに見えるわ。自然が描けてないや。ありゃ、風呂屋の壁画とどこが違うのさ。私のほうがうまかったさあ。ああ、絵描きになりたかったなあ。私に沖縄の海を描かせてみな。ゴーギャン並みさ。私の脇や股は海の匂いがする。義人はそれをくんくんかぐのが好きだ。川を描かせてみな。白い花が実をつけて。水が川幅いっぱいにねじくれて流れてて。滝みたいな音を立ててる。その音だって描いてやろうじゃないか。川にはいろんなものが流れてる。台風の後なんかは、大盤振舞いだ。たまには人だって流れてる。橋が冠水してバスが通れなくなる。おまんまの食い上げだったなあ。だけどすぐに水は澄む。みんな泥といっしょに海にさっさと逃げてしまう。川が短くて急だからね。またカンカン照りの夏が来る。観光客がやってくる。しかし、あいつらは、さっさと本土に逃げてしまう。かわいそうな、あんまー。私がかわいそうだったから、あんまーがかわいそうだったのか、その逆だったのか。さっさと本土に逃げ帰ったあいつはだれだったんだ? 馬鹿なあんまーだ。名前もわからないってどういうことだ? 無理やり犯されたのか? 東京の医学生だと言ってたそうだけど、大方嘘だったんだろう。ホテルでも空港でも実際に行って、張り込みをすればよかったのに。どうせ捨てられたんだから、見つけたって迷惑がられ、邪険にされるだけだと、観念したんだろう。しかし、もうちょっとはがんばってもよかったんじゃないか。私を堕さないで生んだあと、どれだけの苦労が待っていたか、予測できなかったなんて。私は、ててなし子っていじめられてさ。父親がアメリカに逃げ帰った、基地の子と、同じ身分だった。村は、みんながひとつの大家族の一員だ。私とあんまーだけがそこにはいれなかった。村八分だったじゃないか。みんなが、海でサザエやあわびを採り放題にとってんのに、私は仲間に入れない。川で水遊びしてるときも入れない。私は海も川も、こっそりひとりで夜に入りにいったんだった。あおむけになって川を流れていくと、たくさんの大きな星が、手を伸ばせばとれるほど近くで光っていた。星みたいな白いグヮバの花とその真ん中の白いグヮバの実を、実際手でもいで食べたもんだ。このまま海まで流れていって、潮に乗ってどこかに行ってしまいたかった。母ひとり子