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郊外物語

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して義人を満足させられなかったはずだ。こんな、回転なんていう芸当は、できるはずがない。義人はどんな思い出を持っているんだろう。しつこく訊いても、もう忘れかけている、断片的にしか憶えていない、そのときの感情を忘れてしまって、断片的な映像しか残っていない、と答える。映像が残っている? 手紙も日記もビデオもテープも何も残っていないはずだ。私と結婚したときにきれいさっぱり処分した。義人が世田谷のうちの庭にある焼却炉に入れて焼いたのを、この眼で見ている。しかし映像しか残っていない、という言い方は気になる。写真の何枚か、隠し持っていてもおかしくない。私は、義人の机の中も携帯の履歴も知っている。病院の診察室もロッカーも調査済みだ。定期的にチェックを怠らない。疑っているのではない。義人のほうから、私に整理整頓を頼むのだ。私はやましい気はこれっぽっちも持たずに家事の一部、秘書の仕事としてやっている。しかし、盲点があるかもしれない。遊び半分で隠してるかもしれない。この部屋のあの棚に堂々と飾っておくとか。棚に写真なんか置いてないよ…… あれっ、私が絶対に見ないものが棚にあるなぁ。どれ、ひとつ、片っ端から調べてみよう。裸で歩くのはちょっと寒いな。リモコンで室温を上げて。二十巻以上もあるよ。めんどくさいなあ。鈴木春信、これも無し、勝川春草、これも無し、…… …… 無し、無し、菊川英泉、これも無し……、歌川国芳、これも、おや、これは、無しじゃないよ、えっ、えっ、あったよ! 国芳ってだれ、ほかのもほとんど知らないけど。知ってんのは、歌麿、写楽、北斎ぐらいかな。なによ、この写真。おっと、落としちゃった。写真、みんな落としちゃった。義人、眼、覚めなかったかしら。音、聞こえないわよね。義人の寝姿、見ちゃった。薄目で見てたりしてるんじゃないかしら。確かめに行こうかしら。いびきもウソじゃないかしら。いいや、かまってらんない、それどころじゃないわ。ちょっと、ちょっと、なにこれ。ぜんぶヌードじゃないの、五十枚はあるわ。あらやだ、富美江さんだわ、いやらしい、割れ目丸出しだ、てらてら光ってる、あったまきた、たたき起こしてやろうかしら、どうする、どうする、どうするんだよ、真砂子! ああっ、ちょっと待って。冷静に。まずは写真と本を元に戻して。ガウン羽織って。落ち着いて。そっと台所に行って。そう、静かに、静かに。シンク
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦