郊外物語
伊都子の形相が一変する。昭子の側頭部を睨みつける。歯を食いしばりながら、ちょっと唇を上下に開く。犬のように歯をむき出しにしたのだ。
「私ね、小阪に会う前に、お宅の和久さんと会ってたら、って時々思うのよ。うちの亭主のダメっぷりって、もう恥ずかしくって言えないほどよ。テレビは野球とサッカーと観光案内ミステリーしか見ないし、話は会社の悪口ばかりだし、読むのは夕刊紙だけで、音楽はビーズとミスチルで止まってるし。昔より十キロ太っても居直ってるし、口が臭いし。ああもうきりないわよ。それにひきかえ、和久さん、かっこよくて、教養豊かで、話がしゃれてて。第一、給料が小阪の三倍ですって? おない年なのにさ」
「あらあら、よく御存知じゃない。けど、うちは子供が二人もいるし、おばあちゃんもいるから、出るものも多いの。それに、亭主のダメっぷりは、私、あなた以上に恥ずかしがりやだから、口に出せないわよ」
「あらあ、ずるい。和久さんのこと、いろいろ教えてよ」
昭子が、わざとらしく、大きな抑揚をつけて言う。
「あなた、もう随分御存知じゃないの。当人に直接あたってよ。第一、ずるいって、ヘンじゃない?」
伊都子は、顔を左に背けて、ほとんどつばを吐きそうなくらいに、顔をゆがめる。昭子は、あわてて伊都子を見た。
「ごめん、冗談よ、悪かったわ。あなたにちょっと妬けただけ。あんまりお似合いの御夫婦だからね」
さらにこの一言が、伊都子を怒らせたようだ。しかし彼女は顔を引きつらせながらも笑ってみせた。
「いいのよ。ちっとも気にしてないわ。あなたと私の仲じゃない!」
二人は灯台にむかってゆっくりと歩いている。
灯台のそばにやってくる。周りは塀で仕切ってある。二人は塀に沿って岬の突端へと廻る。波の音が急に強くなる。コンクリート製の杭が連なり、それらをロープが結んでいる。その外側は、でこぼこの岩肌が広がり、十数メートル先で尽きている。岩肌にはわずかの草と、つつじほどの潅木が生えている。草の間に小さな白い花が点々と咲いている。潅木には夕顔のつたが巻きついていて、やはり白い一輪が風に揺れている。
そして今ちょうど太陽が水平線に接した。
「すごい、すごい。交響曲のコーダみたいな日没だわ!」
昭子が興奮して叫ぶ。彼女は、ロープをまたいで、岩の上を歩いていく。崖の縁で止まる。