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郊外物語

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「権力なのか、信仰心なのか知らないけど、想像を超えるパワーだわねぇ」
伊都子は水筒のふたを回しながら応じる。 
言葉はそこで途切れる。ふたりはジュースを飲みながら、セミの声に耳を澄ます。

水平線が、二人の胴の高さで左右に広がっている。岬の突端に灯台が建っている。日御碕灯台だ。
入道雲は、水平線の遥か上に舞い上がっている。太陽は水平線に接しかけている。悠然と、しかしためらいがちに、最期を決めようとしている。そこから吐息のような生暖かい海風が吹いてくる。
風は強い。烈風だ。二人は飛ばされないように帽子を尻のポケットに突っ込んだ。乱れた髪が目にかぶさるので、二人は始終髪をかきあげねばならない。いかにもわずらわしそうだ。
真砂子も、見ていていらいらしてしまう。
観光客は、烈風に恐れをなして、土産物店から出てこない。老人が一人、道端の岩に坐っているだけだ。コップ酒を飲んでいる。
昭子は並んで立っている伊都子を振り仰いで、微笑みながら言った。
「すばらしい夕日だわ。こんな夕日もあるんだわねえ。わざと写真には撮らないでおきましょうよ。亭主たちには内緒。私たち二人だけの思い出にしましょうね。いままでも、二人だけの思い出の場面って、いくつもあったわね」
伊都子も微笑みで答ながら言う。
「あいつら、鈍感だから、これを見たって、感動するかどうか」
微笑は途中でこわばり、口調も上ずった。
昭子は、すばらしさを再確認するように首を海のほうに巡らせて、まぶしそうに夕日を眺める。伊都子は急に表情を変える。思い出の場面がたくさんあることに迷惑しているような様子だ。両の眉が捩れて寄り、額にたくさんのへの字型のしわが出来る。困惑どころか凶悪さがにじみ出てきた。
真砂子は伊都子の顔を横からうかがいながら固唾を呑む。
「うちのはともかく、あなたの御主人が鈍感だなんて。罰が当たるわよ」
昭子が伊都子を振り返りながら言う。とっさに伊都子はこわばりきった表情を弛緩させる。
「あなた、知らないだけよ」
丁寧に、気をつけて言っているふうだが、声がかすかに震えている。
「そんなぁ、わかりますとも」
昭子は、かすかに微笑みながら、また海のほうを向く。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦