郊外物語
玄関を入ってすぐ右側に子供部屋がある。その隣りがトイレとバス。その隣りが夫婦の部屋で、そのまた隣りは読書室に接する義人の書斎だった。普段は十時ごろまで子供部屋から物音が聞こえてくる。枕に耳を押し付けていると、枕を通して聞こえてくる。大きく響くのはベッドから跳び下りる音だ。話し声も聞こえるが、内容はまったくわからない。子供たちのほうも、枕に耳を押し付けて、夫婦の部屋の物音を盗み聞きはしていないかという不安はある。まさか。今は外の木枯らしの音が、どういう経路を伝ってなのか聞こえてくる。明日のテニスは無理だろう。コートには、落ち葉や枯れ枝や新聞紙が散乱しているだろう。朝、物好きな会員がやってきて、来なけりゃよかったとぼやきながら、掃除をすることだろう。どうもその物好きが自分であるような気がしてきた。
ベッドの頭には、ちょうどベッドの幅分の本棚がしつらえてある。義人は寝ながら専門書は読まない。余白に書き込みをする癖があり、寝ながらその作業をするのは骨が折れるからだ。ニーチェの全集とフロイトの選集が置いてある。あとは読み捨ての雑誌だ。真砂子には本を読む習慣がない。わずかに、グリム童話集と宮沢賢治の文庫本が片隅に突っ込んである。それらも、もっぱら子供たちのお話しのネタに使われていて、もはや真砂子が感動する素材ではない。昔、看護学校にいたころまでは、けっこう気に入っていたはずだったのに。現在は、家事と子供の相手とPTAとボランティアと週三日の市営病院勤務と週末のテニスとパーティーとでくたくたなので、活字を見ただけで寝入ってしまう。