郊外物語
真砂子はつい今しがた達郎が言った事を思い出した。今年の夏までは、このマンションは、真砂子たちを支えて、磐石の基盤に立っていたかのようだったのに、最近は、その信頼性が薄らいだ感じがしてきた。地震でもくるのだろうか。木枯らしの中を宙を滑るとは、大げさだ。奇怪な比喩に納得してはならない。ここに新たな家族の絆を築くこと、人間関係を築くこと、ここを故郷にすることを目標に、真砂子は奮闘してきた。都心に通う新住人と、土地っ子が混ざり合って、新たなコミュニティが出来つつある。若々しい活気があるすてきな郊外都市だ。ここに根を下ろし、ここで老いていくことを真砂子は切に願っていた。来春には、義人の都合で二年ほど外国暮らしをせねばならないが、真砂子はマンションを又貸しするつもりだった。義弟夫婦に住まわせようという算段もあった。一時的な不安に駆られてはならない。一生の計画をあくまで押し通していかねばならない。
真砂子は汗ばんできた。達郎から離れたくもあった。壁に寄せたテーブルの傍らに坐った。ソファではなく床の上に直に坐る。絨毯がやわらかすぎる感じがした。ホンモノの野草はもっと腰がある。それに、坐ると野生のにおいが立ち昇ってくるのだ……
テーブルの上のリモコンをとり上げる。音は消してドラマを再生してみる。夕日、突き落とすと体が反転して、女のものすごい形相が見える。腰掛ける具合になるが、腰の下には何もない。もがく手足。口パクパクの絶叫。後に残った女の、これもものすごい形相。真砂子は呆然としながら最後の場面を二度見た。そして、崖っぷちの踏み台のような岩が、いかにも嘘っぽいと思った。あそこに脚立でも置いて、後から塗りつぶしたのか? 吐き気がしてきた。飲みすぎのせいもあるが、こんな場面を熱心に制作している者達の精神構造に、吐き気を催したせいもあった。登場人物の心の闇に真砂子が感化されかけて、拒否反応が起きたのかもしれなかった。心の闇を手玉にとって作品としている玲子の心中が、そもそも不可解に思えてきた。あんなお嬢さんが、こんなことを想像できるのか。想像するだけで、こんな恐ろしい場面が出現するのか。自分が玲子を誤解していたという思いがふつふつと湧き上がってきた。