郊外物語
うるさくなったので、トイレに行くふりをして部屋の外にでた。ポシェットにショートピースとライターと携帯灰皿が入っている。廊下の端まで行って、階段を三段降り、壁に寄りかかって吸った。義人は真砂子がタバコを吸うのを知っているようだが、吸うなとは言わない。子供たちは気づいていないと思われた。ほとんど深呼吸しながら吸っていると、ぬっと達郎が現れて、やはりタバコを抜き出して吸った。真砂子は呼び出したわけではないのにそう誤解されて不快になった。外に呼び出したとみなされたのは、自分のそぶりにもうコントロールが効いていない証拠だと思い、恥ずかしかった。しかし、廊下に立って壁に寄りかかり、いかにもヤンキー上がりの雰囲気で、笑いかけてくる達郎に、真砂子は不甲斐なくも笑い返してしまう。
「もう、お開きにしましょう。みんな酔っちゃってるわ」
「外の木枯らしを聞いているとね」と、達郎は、直接真砂子には応じずに、独り言のようにつぶやいた「マンション全体が、風に吹きとばされているようでさあ。空中高く、滑空してるような、頼りなさ、浮遊感、行くあてどのなさを感じるな」
「勝手に感じてなさいよ。ヘンな気持ちに引きずり込まれたくないの」
真砂子は、そういう無責任な、根拠の無い、感傷的な発言を嫌悪する。いい歳をしてわざと生活感がなさそうな口ぶりを衒う男を信用していない。人をなめている。達郎の、そういう崩れたところ、あるいはそのふりをしているところが嫌いなのを、どうして達郎はわからないのか。真砂子が嫌っているのに、どうしてわざとそういう態度をとるのか。意地悪をされてだまっている法はない。真砂子は、タバコを押しつぶす。脇を通り過ぎるとき、達郎がかすかに笑っているのがわかった。真砂子は、発作的に口を開いてしまった。
「達郎さんがさっき私に出した宿題のことだけど。ひとつわかったと思ってるの。あの白い花と夕顔は作り物じゃない?」
達郎は、笑い顔をそのままにして「ほう、よくわかったね。あと二つだな」と答えた。
真砂子は部屋まで小走りで帰った。