郊外物語
「ままならなさが高いほど興奮するんじゃないでしょうかね。ボールにあたる率がよくて三割というのは、とても大きなストレスになります。ベースに張り付いていなくてはならないことも神経に悪い。手を使ってはならないなんて、発狂しそうだね。こういうことが現代人のマゾヒズムを刺激して興奮を呼ぶんでしょう」
達郎がそれを受けて言った。
「空振りとか見逃しの三振なんて、人生ではしょっちゅう起こることだよな。ストレスの原因になるよね。サッカーなんて、手かせ足かせを付けられた囚人たちが、お情けに短い時間、足かせだけはずしてもらって必死で遊んでいるような気がするわい。囚人か奴隷が駆けまわってるみたいで痛々しいじゃないか」
達郎が言うと妙に実感がこもる。義人が軽く反論した。
「手を使わないのは、ボールが足や土に触るので、汚いからだったんだろうよ。ありゃ、上流階級の遊びだった。ただし、もとはどうであれ、抑圧感や不如意感はいらだたしいほどだな」
「イライラのあまり、サッカーをやってる最中に、ある選手が、手でボールをつかんでゴールに突っ込んだ。それがラグビーの始まりだったよね。レベルが四コンマいくつから三に下がった」と達郎。
「その場合は」と玲子。
「レベルを落としただけで、スポーツのカテゴリーに納まったけど、市民生活という洗練された集団競技をしているうちに、ストレスや興奮がマゾヒズムだけでは吸収できなくなって、一挙にレベルを落とそうとする人間も出てくるはずよね。レベル一どころかそれ以下にさぁ」
義人が、玲子の顔を覗き込みながらにっこり笑った。
「ぼくは日御碕の突き落としがそれだと言いたかったんだよ」
「わかってますよ。理屈づけしてくれてありがとう。お礼のお酌よ」
そう言って玲子は、達郎の左膝を右手で突っ張ると、左手で義人にビールを注いだ。ついでいる途中で瓶を落とした。達郎の右足の甲に落ちた。達郎は、うめき声をあげて、悪鬼のような形相で玲子を睨んだ。真砂子は、なにもそんな顔をしなくても、とおびえながらも、玲子を憐れんだ。ちょっといい気分だった。しかし、いまのお酌はやはり気にかかる。亭主の膝に体を支えたのは、亭主をなだめるためだったのだろう。外交辞令のついでにやってんだからいちいちひがまないこと、などという合図ではなかったか。