郊外物語
義人は、玲子に対してはまだ敬語を使っている。真砂子は気に食わない。
「察しがついてたどころじゃなくて協同謀議の疑いがあるなあ。真砂子さんも参加してるの?」
達郎は上目遣いで真砂子を睨んだ。また口が捻じ曲がった。
「かもねえ」
「フンだ。どうせおいらは、性格悪くて嫌われもんさ。ちっちゃなころから悪がきで、十五で不良と呼ばれたよ」
「おっ。面白くなってきたぞ。マイクはどこだ」
真砂子は立ち上がって、モニターの下のラックから、マイクと選曲ブックを取り出した。どこだ、なんて、ありかは知ってるくせに。相当酔ってるわ。
それからはカラオケ大会となった。まず、達郎がチェッカーズを続けて三曲披露した。体調不良も、アルコールのせいで忘れたのか、振りがついていた。義人も玲子も流行の曲をよく知っていた。真砂子と達郎は十年前までの曲しか知らない。達郎は、真砂子を意識してか、島歌を歌った。酒の飲みすぎのせいか、隠れて吸っているタバコのせいか、達郎の声は、ざらざらのだみ声だ。歌うと特にそれが隠せない。それに比べて、義人の声は、美しいバリトンだ。健康と健全の権化の証しだ。真砂子はその美しい声とそれが象徴する一切を守って行きたいと切に念じた。その美しい声で自分の名前をこれからも数え切れない程何回も呼んでほしいと願った。自分が故郷から丸ごと包んで東京に持ってきたこの世の天国が、その美しい声の唱える呪文でもって、このマンションによみがえり、花咲くようにと祈った。真砂子は、沖縄でバスガールをしていた時に、観光案内の口上に組み入れられていた歌を歌った。ネーネーズの歌なので、ポピュラーだ。唐突だとは思われないはずだ。新庄夫婦は、真砂子が高校時代に観光バスの案内嬢をバイトにやっていたことを知らない。きわめて貧しい家の出であることを知らない。
自信のある持ち歌が各人尽きたところで、真砂子がミー、玲子がケイ役で、ペッパー警部を振り付きで絶唱して、カラオケ大会は終了した。真砂子は空いた皿を重ねて持つと、玲子を促してキッチンに入った。ビール以外に、ワインとウイスキーを運ぶためだった。
「やっぱり達郎さんって、面白いかただわ」と、真砂子は口調に十分注意して言った。