郊外物語
「さて、と。あのね、実は私、子供のころ密漁やってたのよ。サザエとかあわびとか。那覇やほかの島から、密漁を商売にしている人たちがしょっちゅう来ていてね。その人たちは、ウエットスーツを着て、アクアラングかついで、本格的なのよ。もっとも、見つかったら青年団の人たちにぼこぼこにされてたけどね。私ら子供は学童水着で素潜りして採ってただけよ。村の大人たちは大目に見てくれてたわ。道具は、長さ25センチぐらいの、先が直角に曲がってとがっている鉄の棒なの。うんと体が小さいときは、それが錘になっちゃって、水面に上がってくるのが一苦労だったわ。水面には桶を浮かべとくの。腰のところに網をつけておいたほうが便利だけれど、子供には邪魔になる。私が網をつけるようになったのは、中学生になってからだったわ。そうねえ、あなた方、一時間もぐって、あわびがひとつ獲れたらいいほうね。密猟者がとっくに入っていて、ひっくりかえせる石や岩はひっくり返ってるし、岩の隙間に見つかったとしても、プロが引きずり出せなかったんだからとれはしないわ。海岸に沿って移動して、やっと規模の小さな集落を発見できたときは、うれしかったわ。砂浜に火を起こして、石で叩き割って食べるの。そのあと、川に行って、水着を脱いで裸になって、川の真ん中の大岩から飛び込む。体の塩をとるの。潜ってから顔を出したところに、花がいっぱい上から垂れてきてんのよ。白い花びらが手のひらぐらいの大きさに開いて、その真ん中にやっぱり白い実がついてるの、川岸から木が水面を覆うように生えていて。並木のようにね。ええと、なんていう名前だっけ、水面から手を伸ばしてもいで食べると、甘酸っぱい味でかりっとした歯ざわりするやつ、あれ、ええと」
達郎と玲子は気の毒そうに真砂子を見ている。義人は、眉をしかめて、何も映っていないモニターを睨んでいる。