郊外物語
真砂子は冷蔵庫から大きなサザエを四つ取り出した。網にならべて醤油と日本酒を垂らした。ふたが奥へ大急ぎで退却し、海水だか体液だかがにじみ出てきて、垂らした醤油の色を薄めていく。網をオーブンに入れる。お湯割りを飲む者のために、湯沸かし器のダイヤルを、冬用の熱湯のところまで回してからボタンを押す。やがてホースが震え出し、お湯が出てきた。熱でシンクの底板が延びてボンと音がした。聞こえなかったかと、義人のほうを見た。達郎の右耳近くに口を寄せて、なにやらささやいていた。よかった。湯沸かし器のお湯を飲料に使うなと、何度か注意されていたからだった。どうしてこんなことが改まらないのだろうと反省した。
皿に移したサザエとお湯を満たしたポットを持って、自分の定位置に戻った。新庄たちは、今日のは格別大きい、とサザエを褒めてくれた。玲子の褒め方はさっきとまったく同様だった。
一座の話題は、ふるさとの思い出話に移っていた。義人が聞き役となっての新庄たちのおしゃべりが、一段落ついたところだった。達郎も玲子も、長野県の出身だった。真砂子は、山野を駆け巡ったころの話を、二人が披露したのだろうと想像した。
三人に見つめられて、真砂子は自分が思い出話をするように促されていると感じた。目の前のまだじゅうじゅうと音を立てているサザエを見た。ドラマの中の白い花を思いだした。