郊外物語
「偶然の連続でプロットができていますからね。プロットには、元来偶然性の入り込む余地はないでしょうに。計算すると、人が生まれてから死ぬまで毎日交通事故に遭う確率よりはるかに小さな確率で、ドラマのストーリーは成立しているんです。作者は、そんなものを見ている視聴者を、なめていますし馬鹿にしています。視聴者は、偶然の重なりは許すから、それに引き合う面白さを与えてくれ、と思っています。視聴者も、どうせいい加減で勝手なやつだと作者のことを値踏みしています。ぼくは、こんな関係は愉快でないですね。この関係を前提にした娯楽には乗れません」
「ファンタジーだと思ってしまえば楽じゃありません?」
「いくら娯楽だからといって、いい歳こいた大人がおとぎ話ですか? 酒かアヘンのほうがましだな」
「まあっ、依怙地になっちゃって。ねえ、真砂子さん、鹿野さんがこっそりハリーポッターの映画を見に行ってたなんてことはないかなあ」
「ふふっ。やりかねないと私も思ってるのよ」
真砂子は、義人が合理的で主知的な人間であり、自然科学の厳しい訓練を経てきた人間であることをよく知っていたので、安心してこのように答えられた。だから、実は義人が玲子と連れ立って、ハリーポッター全作を見に行っていたなどとは夢にも思えなかった。それは想像を絶することだった。
真砂子は立ち上がって、テーブルの上を点検した。料理は、ほぼ食べつくされていた。義人も玲子も、しゃべりながらよく食べた。真砂子だって、運動直後の食欲減退から脱して、二人以上によく食べた。達郎だけは、もっぱらビールを飲み続けていた。
真砂子はビールの樽を持ってきた。キッチンに引き返す途中で、達郎が出した宿題の答がひとつ見つかったように思った。あそこに小さな白い花が咲いていた。夕顔もあった。あの強風のもとで、はたして花が咲くだろうか。特に夕顔はよくまあちぎれずに咲いていられたことだ。そもそも揺れていたか? 揺れてはいた。しかし、あの強風につりあった揺れ方だっただろうか。とにかく、殺風景な岩肌に彩りを添えるために、花をでっち上げた疑いがある。今晩もう一度見てやろう。