郊外物語
玲子は真砂子ささやきかけた。
「ねっ、うちの亭主って、やなやつでしょう」
ほんとうはさほど嫌ではないと伝えたがっているようだった。玲子は顎の先を義人に向けると、わざと媚を声音にこめて問いかけた。
「鹿野さんは、どうして私を、じゃなかった、サスペンスドラマのたぐいを、毛嫌いなさってるのかしら」
「じつは、サスペンスには飽きあきしてるんですよ。あなたに、じゃないですよ。滅相もないです」
「サスペンスドラマを見たことがないのにどうして飽きあきできるんですか? 付き合ってもいないのにどうして飽きますの?」
真砂子は玲子に聞こえないように軽く舌打ちをした。
「いまはもう見ないと言う意味です、正確には。昔、ミステリー本を読みすぎて飽きてしまったという意味です」
「あらやだ。今まで隠してたのね。ずるいわよ」
「そんなつもりはなかったですね。言うチャンスがなかっただけです」
「で、どんな理由でミステリーを見限ったんですの?」
「ガキのころの話です。本全体の何分のいくつ位読み進んだところで犯人がわかったかで、自分の推理力を測れたつもりだったんです。慣れてくると、よほど奇矯な場合を除いては、早い段階でわかるようになりましてね。ついには、すれっからしになっちゃって。書き手もすれっからしですからうつってしまいますよ。あるとき、とても有名な推理小説を読んでいて、はじめから十五,六ページあたりのところで、語り手が犯人だとわかっちゃったんですよ。そのとき、ああもう来るところまで来たと思いましたね。後は、ミステリーを実践するか、ミステリーと縁を切るかだ、などと切羽詰っちゃって。まさか実践はできないので、読むのをやめてしまいましたよ。中学二年のときでした」
「私よりずっとうわてだったんだ。しかし、おかわいそうに。サスペンスといっても、謎解きやミステリーとは限りません。他にもいろいろ楽しめたはずですけど」と玲子。
「結末から遡行的に書ける作品は表向きの分類は何であれサスペンスでしょ? そういうのに飽きちゃった。あの時以来、本でも映画でもテレビでもその方面のものには食指が動きません」
「じゃ、普通のテレビドラマをご覧にならないわけは?」