郊外物語
真砂子は勇を振るって玄関口まで行き、恐る恐るドアを五センチほど開けた。大柄な女性警官がドアの縁に手をかけるとさらに広く開けようとした。背後から彼女の肩越しに何人もの警官がこちらを覗いていた。ドアチェーンが伸びきって音を立てた。彼女は眉をしかめて、開けなさい、と大きな声で言った。真砂子は黙ったまま首を左右に振る。
「新庄達郎氏殺害容疑で逮捕します。令状を読み上げますか?」
女性警官は険しい顔を真砂子に向けながら言った。
「結構です。同行いたしますから二三分お待ち下さい」
「今すぐここを開けなさい」
真砂子はうつむく。女性警官の靴の先がドアの隙間から三和土に差し込まれていた。
「あんたも女でしょ! 女にゃあいろいろ準備があるんだよ!」
真砂子は言い放つと相手のむこうずねを力いっぱい蹴った。女性警官がうなり声をあげてよろめいた隙にドアを閉めてロックした。
真砂子は玄関の上がり口でけつまずいた。跳び起きて廊下を走った。リビングの中央で立ち止まる。隣のベランダとの仕切りになっているボードが壊されかけていた。鉄製の杖が音を立てて突き刺さる。出来た穴の縁を機動隊員の手がつかんで引っぺがそうとする。前からも背後からも音が攻め立てる。真砂子は身体を翻すとバスルームに駆け込んだ。急げ、急げ!
床も棚もさっき磨き上げたばかりでぴかぴかだった。棚のタオルや歯ブラシも整理整頓されている。洗濯籠は空っぽだった。義人と真砂子のローブが仲よさそうに並んで掛けてある。それと一緒に孝治と奈緒の縄跳びも掛けてある。急げ、急げ!
真砂子は縄跳びに手を伸ばした。どっちの子のにしようかな? つかんだのは多分奈緒のロープだ。
マミーは縄跳び上達しなかったね。あんた達にもっとおいしい料理を作ってあげたかった。もっと一緒に遊びたかった。一緒に沖縄に行きたかった。マミーはお馬鹿だったけど一所懸命だったのよ。あんた達のようなすばらしい子供にめぐり合えて本当に幸せだった。許してね、ごめんね、こんなことになっちゃって。マミーのことなんか忘れなさいよ、いいわね。あんた達の将来のことだけを考えてちょうだい。マミーはあんた達の足を引っ張りたくないわ。仲よくね。マミーなんかとは大違いのすばらしい大人になってね。



