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郊外物語

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車がびっしり詰まった駐車場の縁を歩いて、守衛室へと向かった。ドアのそばのインターフォンを押すと年配の男の声がすぐに応じた。一〇一号室にお越し下さいとのことだった。
ドアを開けてくれた七十歳くらいの男に案内されて部屋の居間に赴いた。
ソファに、銀髪の老女が背筋を精一杯伸ばして坐っていた。立ち上がろうとする彼女を袋田は手で制し、声をたてずに苦笑してから、いやそのままで結構です、とさっきの言葉をよほど丁寧に繰り返した。袋田は簡単な自己紹介をしてから老女の向かいに坐るとお茶を持ってきた管理人の男に眼で合図した。老人は黙ってうなずいて台所に消えた。
袋田は葛城恵子の話に耳を傾けた。彼女の声は嗄れていたが、言葉づかいは山の手風の上品なものだった。話の内容は、パトカーの中で警電を通じて聞いていたものと変わりなかった。ただ、寸分も変わらぬところに、相手の緻密さと記憶力のよさを感じた。さらに袋田は、今入ってきたばかりのドアを思いながら、あれだけ密閉度が高いのに廊下の向こうにあるリビングに横たわった死体の腐敗臭と糞尿臭をかぎつけるとはなんと高性能な嗅覚だろう、と感心した。
「いやぁ、ありがとうございました。葛城さんがいらっしゃらなかったらあのままミイラ化しているところでした」
そう言ってから袋田は老女相手にふさわしからぬことを口走ったと反省した。
「ドアの向こう側ではなくこちら側にミイラがおりましたのよねぇ」
葛城恵子はそう言うと高らかに笑った。袋田はバツが悪く感じたものの、この老女を気に入り始めた。
「葛城さんはよく散歩をなさるんですか?」
「よくでもありません。マンションの中だけ、日に二回と決めております。それ以上だと脚が痛くなりますし、それ以下だと脚萎えになってしまいます」
「何時ごろになさるんですか?」
「午前十時から十一時までと午後五時から六時までです」
袋田の眼が光った。
「昨日の夕方は臭わなかったのですね?」
「はい」
死後硬直の具合から死後二十四時間以上というとりあえずの報告は受けていた。
「是非思い出していただきたいことがございます。今月十四日にこのマンションで転落事故がありました。その日も葛城さんは散歩に出かけられましたか?」
「はい」
「その日の第一回目の散歩のことを思い出してください。どんな順路で歩かれましたか?」
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦