郊外物語
真砂子は壁に張ってあるたくさんのスナップ写真を横目で睨む。連続テレビドラマ「日本逃避行」の素材になった楽しい新婚旅行ではなかったのか……
真砂子は腰を跳ね上げ、足をばたつかせて激しく抵抗した。嗚咽がこみ上げてきた。
「どうしたんだ? どこか具合が悪いのか?」
「この、この、最低男、大悪党、虫けら、ブタ、ブタ、殺してやる!」
「もっと言え、もっと言え、ますます楽しくなるなぁ。玲子なんぞちっとも好きじゃなかったけど、お前は心底気に入ってるんだ、大好きだぜ、ベイビー」
……………………
裸に剥かれたままの姿で真砂子はよろよろと床から立ち上がった。精液が内腿を伝わって流れ落ちた。達郎は下半身裸でソファに腰を下ろした。二人のあいだにテーブルが左右に脚を開いてつぶれていた。真砂子はもう涙を流さない。人間的感情をなくしてしまっていた、まるで達郎のように。
達郎は爽やかな表情で床に脱ぎ捨てたままのズボンをとり上げた。ポケットをさぐって携帯を取り出した。電話帳登録を見てどこかにかける。かすかに電子音が聞こえ、男の声に替わる。神崎の作った合成音声だ。達郎はちらりと後ろを振り返ってからシャッターを押した。
真砂子はふらふらと揺れながらキッチンの流しに近づいて行く。グラスをとって水道の水を飲む。水がステンレスに落ちる音が脳髄に響く。背後では達郎が大声で携帯に向かってしゃべっている。
達郎はいったん携帯を切る。ため息をつきながら振りかえる。流しに寄りかかっている真砂子の後姿が見える。着信音が鳴る。携帯を開く。誰からでもない。達郎は陽気な声でしゃべり始める。
真砂子も振りかえる。達郎は顔を斜め前方に向け、携帯の裏をこちらに向けてしゃべっている。真砂子は流しの下のドアを開け、刺身包丁をつかむ。両手を後ろに組んで達郎に歩み寄る。
達郎はしゃべりながらシャッターを切り続ける。十一階の寝室で見たあの写真を思い出したので薄笑いを浮かべてしまった。
真砂子は最後は早足となった。ソファの背の上に覗いている達郎の背中めがけて力いっぱい刺身包丁を突き出した。怪鳥の鳴き声をあげて達郎は携帯を握りしめたまま空中高く伸び上がりのけぞった。興奮した真砂子には耳鳴りのせいでその直前のかすかなシャッター音など聞こえるはずがなかった。
十二月二十四日 土曜日



