郊外物語
真砂子は昼前に達郎の部屋に行く。達郎は夫婦気取りだ。食事を作ってくれる。一緒に食べる。酒を飲んでは自分の一代記を語った。真砂子は相槌を打たないとどなられた。毎日セックスをさせられる。達郎がコンドームをどうしても使わないので、真砂子はピルをのみ始めた。子供たちが帰ってくる前に十一階に戻る許しはもらえた。この地獄がいつまで続くのか、真砂子は絶望的な未来を予想してしまう。相談相手などいない。東京にも沖縄にも友達は一人もいなかった。しかし、一人悶々と悩み続ける自信はなかった。玲子殺しについてはもちろん触れず、デボラ・ド・マーニーに相談してみようと思いついた。冷静で思いやりがあり親しくしてくれる女性は、デボラしかいなかった。
デボラが休みをとる水曜日に真砂子はデボラのマンションを訪れた。真砂子の達郎との不倫話を聴いて、デボラは真砂子の左手を両手で固く握って涙を流した。
デボラはゆっくりと真情をこめてしかも厳しく真砂子に語った。
付き合いを止めたいというならこれまでのことをお前の家族にばらすぞ、と脅す男は男として最低です。できることなら殺してしまいたい男です。義人さんが歳をとり、孝治と奈緒が大人になれば、あるいは告白しても理解してくれる可能性はありますが、今は無理でしょう。徐々にその男の熱を冷ましていくほかはない。その男がよそに眼を向ける機会を意識的に作るしかない。思い違いだったと思わせるようにするしかないのです。時間がかかります。かわいそうな真砂子、しばらくは耐えていきなさい。神様はお見捨てにはならない。気を悪くしないでもらいたいが、付け加えておきます。どうしてその男と付き合うようになったか不審に思います。あなたはどうして口をきいたのですか? なぜ最初に感じ取れなかったのでしょう? あなたに問題がなかったとはいえません……
真砂子は二杯目のエスプレッソを飲み終えた。時計を見た。十時十八分。駅を見つめる。見つめ続けた。真砂子の表情が曇ってきた。十九分。真砂子の顔に驚きの表情が広がった。真砂子は身を乗り出した。窓ガラスに額が音を立ててぶつかった。信じられない光景が真砂子の目の前に繰りひろげられていた。口が半開きになった。仰天した。二十分。二十一分。ついに真砂子は或ることを理解した。



