郊外物語
真砂子は、窓際の席に陣取り、エスプレッソをときどきすすりながら駅を眺めている。駐車場の向こうにビルが連なっているが、道路をまたいだ駅のホームは右側をやや欠いただけで見えていた。
あの決定的な写真をあれから幾度も繰り返して思い出してきた。達郎は真砂子がいくら要求しても二度と見せてくれなかった。あの写真には、暗黙の信号がこもっていると真砂子は信じるようになった。日御碕灯台のあの場面とあの写真との二重性は明らかだが、両者の異質性も感じ取っていた。もちろん虚構と現実、コンピューターグラフィックスを駆使した技術の産物と自ら役割を担った経験の実写とは違う。しかし、あの写真にはさらに秘密がありそうだった。真砂子はもどかしくてしょうがなかった。なにかを感じ取ってはいるが、それを説明できないのだ。
悪夢の日曜日、真砂子はひと気を避けてマンションに帰り着くとすぐ義人に電話をかけた。くたびれていたが気晴らしにテニスコートに行った。テニスは出来なかったけれど、ロストボールを集めた。空き地で手をついて軽い怪我をした。帰ってきてから熱が出た。風邪をひいたらしい。今日はさっさと寝るつもりだ…… 義人は今から帰ると言ったが真砂子はそれには及ばない、と答えた。帰ってこられたら大変だった。
翌日早めに病院から帰って来た義人に、真砂子は竹の茎を手に貫通させてしまったと正直に伝えた。相手は外科医である。嘘は通用しない。真砂子はひどくしかられた。義人は真砂子の勤めている市立病院に同行し、宿直医師に抗破傷風菌とペニシリンの注射を打たせた。
翌日からは、義人は普段のやさしくて誠実な夫に戻って真砂子を気遣ってくれた。短期間だけお手伝いさんを頼もうかとも言ってくれた。右手の化膿は免れ、熱も下がったので、一週間だけ病院の勤めは休むけれど大丈夫だと真砂子は気負って見せた。子供たちも家事を分担してくれた。真砂子は申し訳なくて、彼らに隠れて涙を流した。達郎との不倫生活が始まっていたのだ。



