郊外物語
肩をつつかれて眼を覚ました。二つの大きな袋を足元に置いて達郎が見下ろしていた。袋から軟膏と包帯を取り出すと真砂子の右手首を掴んで乱暴にタオルをはがし手当てをした。二枚のバスタオルを真砂子の胸に投げた。身体を拭いて着替えるんだ、と前を向いて言った。真砂子はポンチョの下で着替えの作業をした。下着もズボンもセーターも靴下もズックも生理用品までも袋に入っていた。脱いだ服は青いビニール袋に詰めた。達郎は袋の底から体温計を取り出して真砂子の口に押し込んだ。三十八度あった。さらに薬を三種類取り出して真砂子に手渡した。解熱剤と消炎剤と抗生物質だった。真砂子がそれらを口に含むと、達郎はポケットから瓶を取り出して真砂子の顎を掴んで口を開かせ中身を流し込んだ。ブランデーだった。真砂子はむせて鼻から薬一粒と一緒に二三滴垂らした。達郎は、さあ、帰るぞ、とつぶやいて車を出した。真砂子は、ブランデーと薬の副作用と車の振動のせいでたわいなく眠りに落ちた。
十二月十九日 月曜日
山の手線御徒町の駅から五百メートルほど離れたマンションの四階に神崎文治のオフィスがある。つくりは四畳半と六畳からなる2Kだ。玄関のドアには、広告宣伝出版、アド・リブ、と書いた木の板がぶら下がっているが、やっていることは、違法ソフトの作製や盗聴器と携帯電話の改造だった。インターネットで客を集めるのは簡単だった。むしろ客と縁を切ることに神経を使っていた。仕事を請けるのは客一人に一回限りにしていた。ファミレスか喫茶店で客と待ち合わせをし、受け渡しの日時を決める。ブツは現金と交換だ。銀行振り込みはさせない。
神崎は、パソコンの前に坐ってソフトの改造作業に追われていた。中背だが体重が百二十キロある。六畳の部屋に、工作機械と作業台と三台のパソコンが詰め込まれているので、巨体は身動きが取れない。キーボードの左右にはメロンパンとコカコーラが置いてある。毎日朝から飲み続け食べ続ける。キッチンの大型冷蔵庫は満杯だ。外出するのは客と会うか買い物かの場合に限られていた。きわめて単純な生活をしていた。大金持ちだ。稼ぎ続け太り続ける生活から足を洗えなかった。



