郊外物語
「ほかのことなら何でもするわ。それは勘弁して」
「おまえには選択の余地なんかない。おれは、おまえの運命を伝えたんだ」
「あんた、そんなことして楽しいの? 死ぬほど嫌がる私を組み敷いて犯すんでしょ。そんなこと続けていって楽しいの? あんたを嫌って、憎んで、毎回罵りながら唾を吐きかけてくる女を相手にして楽しいの?」
「楽しい。おまえもきっと楽しくなる」
達郎の恐ろしさがひしひしと伝わってきた。身体の芯が震えた。
自分の身体を与えることで、達郎の口をふさぐという取り引きはありうる。しかし、そうすることで真砂子の生涯の夢は潰えてしまう。どんなに世界が変化しても揺るぎない信頼関係でつながった家族共同体をつくり上げるという夢だ。その第一の推進者である真砂子がその理念を裏切ってしまったら、たちまちその共同体は瓦解する。ひとたび芝居をしはじめたら連鎖的に芝居の場面を拡げざるをえなくなり、やがてしらふの場所がなくなる。そんな人生はまっぴらごめんこうむりたかった。真砂子が黙っていればあるいは他のメンバーは生涯気づかないかもしれないが、当の真砂子が、偽の共同体であると知っている以上、夢は夢で終わる。達郎の申し出を断れば、達郎は、真砂子の犯行をばらすだろう。たとえばらす相手が義人だけだとしても、義人が真砂子をかばって誰にも漏らさないとしても、家族は崩壊する。義人は知ってしまうのであり、真砂子に絶対の信頼はもう持てなくなる。まして警察にも知られたら、真砂子はいつ出られるか分からない塀の向こうに隔離されてしまう。真砂子はどちらを選んでも地獄に通じる二股の分かれ道に立たされた。
「時間をちょうだい。分かったから、少し待ってよ」
「待つのが嫌だからここまでおまえを連れて来たんだろうが。往生際が悪いぜ」
真砂子は、身体をシートの中央に戻した。正面を向いて坐った。やられるな、と思った。進退きわまったせいか、かえって度胸がわいてきた。二本の分かれ道のどちらかに逃亡のためのわき道がないだろうかと探しまくる。こんな選択からは、一時的にでも逃げたくてしょうがなかった。
達郎の左手が、真砂子の胸に伸びてきた。あわてて右手で払うと、肘のところで一回転してまた伸びてきた。恐怖と嫌悪感がこみ上げて、真砂子に有無を言わさず行動を起こさせた。



