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郊外物語

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真砂子は不思議なものを見るように男の横顔を眺めた。恨んでいない? 聞き間違いか? 誰が自分の女房を殺した相手に恨みや憎しみを抱かないはずがあるだろうか。安心させておいて殺して埋めるつもりだろう。達郎の微笑もつぶやきも罠だ。真砂子は胸騒ぎがした。居ても立ってもいられなくなった。
「ねえ、どこまで行くのよ」
「峠を越えて甲府まで」
「ふざけないで。車を止めてよ。話し合いましょ。ねっ、ねっ、お願いだから、止めて。冷静に話し合いましょうよ」
車は止まらない。木立のトンネルが近づいてきた。
「お金で何とかならないの」
「おまえが自由にできる金なんかたかが知れているだろう。なめんなよ。あれやこれやの話し合いなんてもう出来ないんだぜ。わかってないな」
達郎の言うとおりだった。出来もしないことを提案して時間を稼ごうとする魂胆は見透かされていた。真砂子は窮地に立たされたために、自分の卑しい地が出てきたようで嫌になった。
「じゃ、どうしろって言うのよ。さっさと判決を下してよ。あんたが裁判官なんだから」
「俺は裁判官じゃない。判決はもうとっくに出ている。俺は執行吏だ。首切り役人だ。首を切られたお前はもう自分ではコントロールが利かない。俺の後をついてくるしかないんだ」
一瞬、間をおいてから、達郎は前を向いたままで言った。
「俺の女になれ」
恐ろしい言葉だった。真砂子はドアに身体を寄せて縮こまった。長々とため息をついた。まったく予想していなかったわけではなかった。今までの達郎の様子から、あるいは、と思っていた。反駁せねばならない。
「女なんていくらでも手に入るでしょう。なんで私のようなおばあちゃんを相手にするのよ。亭主と子供二人を抱えてパートまがいの仕事もこなしてやっとこテニスの時間をひねり出してるのに、あんたの相手なんかできるはずがないでしょ。すぐそばに住んでてばれないはずがないでしょ。あんた、気は確かなの?」
「おまえはまだ十分魅力的だ。俺は気に入ってるんだよ。おまえは工夫して時間をひねり出すだろうし、うまく段取りしてばれないようにするだろう。おまえは必ずそうする。必死でそうする。俺と違って、おまえはばれたら大変なことになるからな」
真砂子はドアガラスに額をつけ、目を閉じたまま、達郎の声をうなじのあたりで聞いていた。そこがむずがゆくなった。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦