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郊外物語

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「四話までは、うちの真砂子からあらすじを聞いただけですから、殺人を犯す必然性に疑問を呈する資格は僕にはないです。ところで、伊都子は、昭子を突き落とそうと、はじめからねらっていたんですか」
「旅行中、いつどこででも、チャンスがあればと思っていたんです」
「具体的な手はずや手順は考えていなかったんですね。それでも、計画的な犯行と言いますか?」
「言いません。具体的な準備なしの場合は何年前から殺意があろうと発作的犯行にしかなりません。人間の心の中に、証拠は残りません。世の中には、あの人間を殺してやろうと本気で思っている人はゴマンといますが、誰もそれをとがめることはできないですよ。銃刀などの凶器不法所持とは違いますからね」
「そうすると、計画的犯行のほうがむしろ防ぎやすいということになりますね。準備のために、具体的な道具や約束が存在してるんですからね。外見上発作的な犯行は、やられるほうにしてみれば、びっくりするだろうねえ。心の中だけで殺意が膨れ上がって、外にはそぶりも見せないでおいて、一挙に直接行動に転化するのか。恐ろしい。人を見たら殺人犯と思え!」
義人は笑いながらジョッキを掲げた。真砂子は、笑い事ではないのに、と不服そうに唇を突き出した。
義人の笑いが、真砂子の反発を誘発して、ドラマに対する真砂子の関心を高める結果になった。さっきの達郎の発言とそれに対する玲子の対応も、また同様の効果をもたらしていた。
「因みに、お聞きしますけど、医者がもし人を殺すとしたら、どんな手を使います?」
玲子がふざけて、仮想のマイクを突き出すような手つきをしながら、義人に問いかけた。
「何とか理由をつけて、自分の患者にして、手術してしまうでしょうな。手術室に連れ込んでしまえば楽勝でしょう。殺しても無罪です。あとは薬殺ですが、どうやって飲ませるか、が面倒ですね。ナポレオンは砒素で殺されたという噂があります。毎日一ページずつ読む愛読書のページに、砒素をしみこませておいた。かれはページをめくるときに、指につばをつける習慣があった。だから、指についた砒素を毎日舐めることになって、中毒死した。まさにまゆつばの話ですね。この話、どこが変だとお思いですか?」
玲子は、眼を輝かせて答えた。
「砒素は、微量ずつとると、抵抗力がついてしまいます。だから中毒にはならない」
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦