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郊外物語

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「すでに手に入れていたものを手に入れなおすんです。それだけが価値あるものだと思い知ったんです。今まで長い間何気なく使っていた両足を切断するぞといわれたら、人間は、今までどおりの足を確保するためには、なんでもするでしょう。今まで持っていた足を、手に入れなおそうとするんです。伊都子の場合は、足どころではないんです。そのためには、たとえ十数年来の親友であれ、昭子を殺すことなど、何ほどのことだったでしょうか」
断固とした玲子の主張に、真砂子は、たわいなく納得してしまった。自分でも驚いてしまった。伊都子がこれからの人生とやらに抱く感慨は、大げさで、妄想じみていて、かたくなで、愚かしい。伊都子は作者の都合で創りあげられたキャラクターだ。そうでもしなければ犯罪ドラマは成立しない。しかし、真砂子は納得してしまった。自分の身を振り返ってみるや、あっさり降参してしまったのだ。伊都子を野次ることが自分にできるか? 伊都子の確信は、隠し持っている自分の確信と同じではないだろうか? 
達郎が、ジョッキをテーブルにもどし、義人と真砂子を交互に見ながら言った。
「誰もが伊都子のように行動するはずはないけどさ。伊都子は、ひとつの強烈な典型だよ。自分だって時と場合によってはやりかねない、と思わせるのが脚本家の腕の見せ所でさあ。その点では、うちのかみさんは成功してるよ。誰だってあの崖の上のツッパリは隠し持ってるさ」
真砂子の心中を見透かすかのようなタイミングだ。恐ろしい。達郎はもう義人と真砂子に敬語を使わなくなった。酔った証拠だ。いつものことだった。みんなも、もうすぐそうなる。
「あらあ、私の作品をはじめてほめてくれたわ! 達郎君、どうしちゃったのよ。私、なにか特別のことをしたかしら? いつものように、淡々粛々と書いてただけだったでしょ? あなたの言うことなんかちっとも聞かないで。あなた、わたしのこと、見てたじゃない!」
玲子の口調は酔いのせいでおふざけふうだったが、夫を見る眼は、異様に真剣だった。真砂子は興味深く玲子の横顔を眺めた。二人の間で、打ち合わせ上のちょっとした手違いでもあったのだろうか。
「玲子さん、ほめてもらっておいて、難詰しちゃあ、新庄さんがかわいそうですよ」
義人が割って入った。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦