郊外物語
真砂子は隠微な楽しみに耽っている達郎の惚けた顔から、自分の目の焦点をその向こうに遠ざけ、徐々に進行方向に顔を向けた。達郎の横顔がぼやけて左右に二重になった。その二つともが視野の右側へ移動していく。
不快な擦過音を立てながらワイパーが働いているが、フロントガラスの縁には雪がへばりついて視界を狭めていた。車内と外界との温度差が大きくなっているので、達郎がときどきタオルで拭うものの、ガラスがすぐに曇る。雪と水滴に縁取られた外の景色は、覗き穴から見るカラクリのようによそよそしく、現実感に乏しい。
相変わらず雪が、山頂を越えて漂いながら、舞い降りていた。右手を上っていく崖には、雪のひっかかりようがない急な斜面もあり、そこは赤茶けた地肌を見せている。前方に視線を滑らせる。道路はまっすぐに上っていた。タイヤとキャタピラが作った轍は、積もった雪埋もれて消えかかっていた。点々と人のものではない足跡がついている。正面には杉林が暗いトンネルを作って待っていた。左手を川まで下っていく土手にはほとんど木が生えていないので、綿を敷いたように真っ白だった。その下には潅木や石ころや岩や小動物の冬眠している巣穴が隠れているはずだった。道から川岸まで30メートルほどだった。水面は見えない、水音も聞こえない。聞こえるのはエンジンの唸る音だけだ。向こう岸の垂直な崖の上には杉木立が密生していて、枝の下側と幹の左半ばを黒いままに保ちながら、山腹を這いのぼっていた。
左手前方に、降りしきる灰色の雪をとおして、学校の校門らしきものがまた見えた。しかし、近づくにつれて、その建物の異様さが明らかになってきた。



