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郊外物語

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大声で言い放つと、そっと目を開けて、溺れる者が木切れでも探すように、あたりをきょろきょろ見回した。しかし目の機能が落ちてしまっていて、焦点が急には合わない。周囲の白さがまぶしくて眼を細める。
真砂子は無性にタバコを吸いたくなった。吸いたい、たまらん。さっきから達郎はピースを吸い続けていた。手袋を抜き取ってひざに置くと、腰の横に置いてあるバッグを引っ掻き回し、ケントを取り出し、震える指で一本引き抜いた。ライターが、……ない。手袋をバッグに押し込んで、持ち手を左手首に絡めた。続けてすぐに吸えるようにタバコのパックは上着の左ポケットに入れた。そっと右手を伸ばして運転台のヒーターにタバコの先端を押し付けた。タバコの火をともさせてもらう分だけの小さな負債を負ったような嫌な気がした。斜め上に見る達郎の表情にはやや変化が起きていた。それが何であるかはわからなかった。前を見つめたままだが、真砂子の動作に達郎が気づいていないはずがなかった。案の定、興奮したのでタバコを吸いたくなったのだ、と達郎に思われているのが気にくわない。真砂子の生理を、たかがタバコについてでも、見当づけられているのは、キリリ、痛かった。真砂子は火のついたタバコを噛んで深呼吸した後に息を止めた。物足りない。本当はピースを吸いたかったが、まさか、一本くれとは言えまい。自分がどんどん卑しくなっていくように感じた。いらいらしながら、またもや、達郎を下から盗み見た。なぶられているねずみが相手の大きなどら猫を仰ぎ見るように。
表情がさらに変化していた。驚いたことには、達郎は、一気に感情的に罵って気が清々したといわんばかりに楽しそうだった。激したり怒ったりするとこの男はうれしくなるのか、と思った。他人の弱みにつけ込んでいじめることが好きなのだ。それを隠しきれない。思い出し笑いを押し殺しているように口を歪ませている。しかし、今は思いだしているからでなく期待しているから笑いそうなのだ。これからすることを思い描いてうれしがっている。
真砂子はぞっとした。狂気が近寄ってくる。達郎の狂気が現れ出るのか、自分の気が狂うのか、どちらかはわからない。また吐きそうになった。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦