郊外物語
真砂子はさっきから無言である達郎がとても怖い。外の景色や自分の思い出を追うことで気を紛らわそうとしてもできない。ときどき盗み見る達郎の横顔はいくら読み取ろうとしても途方にくれるほどに無表情だった。寒さに凍った凍死体の横顔だ。何か言ってくれ、と発言することが、命令になるのかどうか、真砂子はしばし惑う。俺に命令するな、と言った時の怒り顔を思い出した。彼には、無言と無表情を続けてこちらを疑心暗鬼の地獄に陥れて、内心で楽しんでいるふしもあった。もしそうなら、達郎の反感などは考慮しないで、こちらから打って出ないとジリ貧になってしまう……
「私は、どうすればいいの?」
達郎は、前を向いたままいかにもあきれたというようにせせら笑った。
「さっきから、どうすればいいか、考えていたんじゃなかったのか?」
意地の悪い男だとは再認識したが、考えようとして考えきれない自分を責めたくなっていたころだったので、達郎の非難は悔しいが認めざるを得ない。彼の意地の悪い発言は、さらに続いた。妻を殺された夫の悲痛な叫び、などではない、悪意から発する発言だった。
「いいとは、良いということなのか? よくなるようなどんな手だてがあんたにあるのか? ええっ? いいとは、済んじまうということなのか? ないことだったと、闇から闇へ葬ろうという魂胆なのか? 許してもらおうってのか? おい、随分いい気なもんだな。あんた、自分がなにをしたか、わかってんのか! 分際をわきまえろ!」
真砂子は両手で耳をふさぐ。眼の両側に自分の肘が見えた。
今まで何度もこの姿勢をとった覚えがある。一度だって聞きたくないことが聞こえなくなったためしはなかった。こんなことをしても聞こえてくるし、聞いてしまうのだ。たとえば鈴の音など。
今回はさらに事情が悪い。聞いてしまうだけではなく、見てしまった。見えない腕がもう一対、肘の先に延びていて、その端の手が掃除機を握っている映像が浮かんだ。目を強くつぶって頭を前後に何度も痙攣したように振った。しかし、握った掃除機は消えてくれなかった。
「ああっ、もう、やめてよ。私はあんたの奥さんを殺したわよ。マンションの九階から突き落としたわよ。わーかってるってば!」



