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郊外物語

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真砂子は名護の商業高校を思い出した。木造校舎が残っているような小さな学校だったが、あそこにいるあいだだけは、悪夢から逃れられた。遅刻や欠席の多い、問題のある生徒ではあったが、学校側がどう思おうと、真砂子は短い快い貴重な逃避の時間をむさぼった。面白くない青春から逃避していた。それもまた青春であるなどとは、断じてだれにも言わせない……
バスガイドのバイトが学校にばれたとき、かばってくれた教師がひとりだけいた。生物の落合卓司郎先生だった。彼の熱心で執拗な弁護の演説のおかげで、学校はしぶしぶ目をつぶることになった。先生とは放課後によく話をしたものだった。甘やかしたり、よく分かっているという素振りは一切なく、厳しい結論の言い渡しの後にさっさと帰校させられた。真砂子が三年になるときに、定年退職した。三月に、桜の咲く校庭でお別れ会があった。先生の挨拶は珍妙だった。私は、今年で六十歳になり、とても幸せに感じています。なにせ、成人式を三回も経験できたんですからね。
毎年、年賀状だけは交換していたが、先生の印刷された賀状へのつけたしの文句は、つつがなきや、だけのつまらないものだった。五年前に大きな荷物が届いた。先生の奥様からだった。先生がガンで亡くなったという簡単な知らせが走り書きで入っていた。七十五歳だった。残りの中身は、真砂子が高校生のころに書き送った手紙と、先生の真砂子への手紙だった。真砂子への愛を連綿と吐露した、百通を超える、出されなかった手紙だった。
学校の正門を過ぎたあたりからやや坂道の勾配が急になった。たちまち校舎の屋根の高さまで登った。道幅も狭くなる。乗用車がやっとすれ違えるほどだ。雪は激しく降っていた。一片ひとひらが大きくなり、まるで麩菓子である。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦