郊外物語
車は、多摩川の支流に沿って走っていた。川は、扇状地の南の縁に深く切れ込み、車からは見えない。ただ、川の向こう岸から急角度に土地が持ち上がり、低い山脈になって川のありかを示していた。その山々には、まだらに雪が積もっていた。ゴミの吹き溜まりのようで、ちっとも美しくない。真砂子は身体を傾けドアを透かして空を仰いだ。灰色一色のべた塗りの天から、さらに濃い灰色の、やっぱりゴミのような雪片が真砂子に向かって殺到する。ドアにくっつけた左の頬が耐えられないほどに冷たくなって上半身をもとに戻したときに達郎が左手を伸ばしてつまみを回し、暖房の温度を上げた。車は杉林の狭間に入っていく。あたりは暗くなり、眺望はたちまち途切れた。木々の根方には雪が積もり、熊笹が倒れかけたまま広がっていた。杉の枝や葉から落ちる水滴が孔をあけ、あばた面のような汚らしい雪の原となっていた。
車は支流のまた支流に沿って走る。川幅は、土手から土手までが五十メートルほどで、水の流れは幅五メートル未満だ。道路と川は、いくつもの橋で交差して、右に左によじれあいながら、渓谷の底を辿る。雪が水面に吸い込まれていく。夏でも冷たく、つけた手をとっさに引っ込める水温だ.降り続けている雪を溶かしてその水はどれだけ冷たくなっていることか。流れて動いているから凍らないだけであって、掬えば、すくった手と一緒に凍りつくかもしれなかった。
急に視界が開けた。私立学校の校舎と運動場があった。校門の前はロータリーになっていて、通学バスの終点だ。冬休み前なのに校舎には人の気配がしなかった。おそらく試験休みなのだろう。しかし運動場には、集団をなしててランニングをする男子生徒の姿が見えた。掛け声が空威張りに聞こえる。川に沿った金属製の網でできた塀がひしゃげていた。そばに、チェインソーで輪切りにされたポプラの木がトーチカのように積んであった。昨日の地震のせいでポプラが倒れたらしい。木の根がよく張っていなかったのだろう。
そこは、中高一貫の、比較的新しくできた学校だった。投資家達は、土地が安くて、生徒を誘惑する施設から遠いので、狐や狸を巣から追いやって、辺鄙なところに学校を開設する。親が隔離施設を求めているのを彼らは承知している。生徒達はさぞや面白くない青春を過ごしていることだろう、と真砂子は同情してしまう。



