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郊外物語

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車は坂道を下ったところの交差点で右折した。多摩川を渡る。橋の長さは四百メートル以上ある。欄干は鉄のパイプで出来ている。まるでベランダの手摺りだ! その向こうに水量の減った川筋が、砂地を縫って延びていた。ぼやけて飛び去る手前の欄干の柱が、川と砂に紗をかけている。川上から吹きつける北風がボイラーのような音を立てながら海のほうへ駆け抜ける。真砂子は、玲子の死体を焼いたボイラーもこんな音を立てたのだろうと思った。群衆が真砂子を取り囲んで責め立てているような、なじっているような、まことにいやな音だった。橋の微妙な振動も不快だった。昨日の地震を思い出させたからだ。割れた十字架。鈴の音。真砂子の口の中に唾が溜まってきた。吐くかも知れなかった。
前方右手に、河岸段丘のつくる十五メートルほどの垂直な崖が迫ってきた。崖の上には、見ていて涙ぐましくなる安物の建売住宅が、危なっかしげに立ち並んでいた。真砂子には他人事とは思えない。あそこでも執念と危険が隣り合わせなのだろう。前方左手には、ぼうぼうと茂る薄の原のかなたに、セメント工場の赤錆だらけの塔と動いていないベルトコンベアーが見えた。橋を渡りきると、心持ち上り坂になる。ここから以後は、下ることはない。
やがて街道は蛇行を繰り返しながら奥多摩の山懐に入り込んだ。左右に山が迫ってきた。雪が降り始めた。ワイパーがうなりながら振れている。
ギアを切り替えるたびに背もたれに押し付けられる力が変化する。真砂子は、背中をどやしつけられているように感じる。なにか言え、と促されているかのようだった。
「どこに行くつもりなのよ」
「決めていない。ただのドライヴだ」
「ただのドライヴなんてしないでちょうだい。さっさと話をつけましょうよ」
「俺に命令するな。俺の女房を殺したくせに、偉そうな口をきくな」
達郎は、声を荒げた。真砂子は、こちらはもう居直るしかないが、調子に乗ってこいつを怒らせてはならない、と警戒した。しかし、不安はひしひしとつのってきた。恐怖が押し上がってくる。酸素が足りないような気がする。いくら空気を吸い込んでもまだ足りない。胸骨がいっぱいに広がったままだ。息を吐かねばならないが、とても困難だ。気が狂いそうだった。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦