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郊外物語

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ため息のような笑い声を立てながら、言い放った玲子を、真砂子は見た。玲子は、顎を上げ、小首を左に曲げて、義人をうかがっていた。真砂子は、玲子の発言が、犯行場面のありきたりさの弁護のように思えた。崖から突き落とすパターンは、映像技術が発明されてから、何度世界中のひとが見せられてきたことか。玲子は、なぜまたそのパターンを取り上げたかを説明すべきだろう。直接攻撃による犯行の形態は、間口がとても狭いという弁明でもかまわないから、正々堂々とありきたりさに触れてほしかった。
達郎は、聴いていたのかいないのか、無言で頭を何度も振りながら、バラ肉にかぶりついてはビールを飲むことを繰り返していた。
義人と玲子は、それぞれ自分でビールをジョッキについで、同時に飲み干した。義人が話しかける。
「死なばもろ共もありうるリスクを冒して、人を殺そうとするからには、よほどのペイが見込まれてるんでしょうな。伊都子には何が手に入るんですか? 昭子と伊都子は、高校のときからの仲良しだった。結婚した後も同じマンションに住むようになった。昭子が伊都子の旦那に手を出した。ここまではよくある話ですが、だから、昭子を崖から突き落として殺すってのは、大飛躍ですね。大きな価値のあるものが今までどこかに隠れていて、犯行によってそれが伊都子のものになるんでしょうがね」
玲子は長々とため息をついた。抑制の効いたげっぷだったのかもしれない。真砂子は、玲子がやや当惑しているのが感じられた。
「伊都子はこれからの人生を手に入れます。これより大きな価値を持つものはこの世にありません」
義人は大声を上げて笑った。真砂子は、眉を顰めた。義人は紳士だ。こういう無礼な振る舞いは、めったにしない。急にどうしたのだろうか。奇妙なことに、隣の達郎も、下を向いて押し殺してではあるが、笑い始めた。達郎は、義人の舎弟だ、などと自称することもあるので、御追従笑いに努めているだけなのだろうか。それにしては、押し殺し方が真に迫っていた。二人の男の心情が分からない。まあ、いいだろう。それぞれ、生まれ育ちは違うのだ。義人への愛情、達郎への友情は確固としたものだ。細部の差異は許さなくちゃ。
ところが、笑われた玲子は、頬をピンクに染めて決然と言い放った。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦