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郊外物語

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真砂子は正面に顔をむけているが、なにも見ていない。祭りの引き綱が山車を引くように前方に続く車の列がこの車を引いていく感じがした。シートに全身がめり込んでいくような疲労感を感じた。シートベルトを再び締める腕の力さえなかった。シートの背が後ろに倒れキャスターつきの病院ベッドにでもなって欲しいと思った。やけを起こしかねないことを恐れた。
車は斜面を登りきり、エレベーターが降りはじめる時に感じるかすかな浮遊感を与えて鞍部を超えた。急にあたりの雰囲気が変わった。見下ろす直線道路の左右には、点々とファミレスや大型量販店やCDショップが続く。背後の人々の蒸れた臭いは掻き消え、通行人さえもまれである。車のスピードが増した。砂塵が吹き付けてくるように、建物と空が迫っては散っていく。本来の冬景色がはじまった。
真砂子はやっとのことで口を開いた。
「……嘘ついても無駄よ。証拠がないわね」
ちっともそうとは思っていなかった。
「嘘ではない。証拠もある」
達郎は、喉の下のジッパーのタグを引き下ろすと、内ポケットから携帯電話を取り出した。親指で操作して、左手に持ち替えると、真砂子の顔に画面を向けた。見ざるを得なかった。
ベランダに玲子がいた。手摺りに両手をついて下をぼんやり見ている。肩が狭まって、首が腕のあいだに落ちている。日付けは、12/14 10:19となっている。達郎のごつい人差し指がうごめく。二枚目。玲子は椅子にあがって両手を上に伸ばしていた。後ろ向きである。胴から上が手摺りで切り取られている。下半身と椅子も手摺りの桟のあいだから垣間見えた。時刻は同じく10:19。三枚目。玲子がいない。手摺りの手前の端、コンクリートの壁面と手摺りとの境目の上のところに掃除機のパイプが斜め上を向いて突き出ていた。先端がもげている。その左側、壁面の上、窓のサッシの右側に真砂子の首がのぞいている。時刻は、10:20。四枚目。窓のサッシからわずかにパイプがはみ出ている。真砂子の顔は見えない。10:20。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦