郊外物語
視野の中央は、横長のややふくらんだ長方形に切り取られていた。駅舎の屋根が上辺、プラットホームが下辺、道路の左右に建っているビルが右辺と左辺となっていた。真砂子はその長方形の隙間に眼の焦点を合わせた。
驚きのあまり失禁しそうになった。焦点をあわせた対象以外は何も見えなくなった。
真砂子たちの住んでいるマンションの横腹が見えた。九階の達郎の部屋のベランダがレーザー光で今にも焼かれて燃えそうに見えていた。
「あんたが、したことは、全部、見た」
ゆっくりと言った。そして始めて真砂子に顔を向けた。いかにもうれしそうに笑いかけてきた。
真砂子は左手を這わせてスウィッチを押すと、もどかしげにモーター音を聞きながら、ガラス窓が降りるのを待った。シートベルトを外すと、思い切り上半身を窓から突き出した。街の騒音の音量が倍になった。寒風が道路に沿って吹いてくる。おかっぱの髪が顔にかかる。頭を振っても目の前に髪が落ちてくる。両手を窓の外に出して鉢巻を締めるように頭をおさえ、車の後方を見た。
それの手前には、葉のない柳の枝が揺れていた。並木の柳は等比数列をなしてだんだん小さくなりながら遠のいてガードのそばまで続いていた。左右の建物は、看板や旗やのぼりで歩道のまわりを飾っていた。歩道は人でいっぱいだった。車道の車は相変わらず上下とも渋滞気味だ。それの向こうには、ビルの並びの切れたところに奥多摩の山々の斜面が青と白のまだら模様をなして走り、灰色の空がその後ろに控えていた。そしてそれは、やっぱりはっきりくっきり、それらの中間にあった。真砂子は、それに、ほとんど見とれてしまった。
右の上腕をつかまれた。大きな手であることがいまさらながらわかる。力も強い。血流が止まりそうだった。逃げるのを阻止するためかと思った。しかし、逃げる気力などなかった。真砂子は自分からシートに戻って窓を閉めた。
「この店にはよく来るんだ。うちを出ても会社に行きたくない時に寄るし、帰ってくるのが早すぎたときも、ここで時間をつぶす。先着がいない限り、窓際のあそこの席に坐るんだ」
真砂子が見つめていた顎が宙に円を描いた。一応店の方を見てみたが、窓際の席などいくつもあって、どの席かわかりはしない。達郎は車を出した。



