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郊外物語

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「うーん、三十分ぐらいなら出てもいいですわ。私、さすがにくたびれてしまって、今日はあまり保ちそうにないんですよ」
「わかりました。では二十分後に駐車場で待っています」
真砂子は疲労感なぞ振り捨てて勇ましく立ち上がった。勢いよすぎてかかとが浮いたほどだった。ムートンのコートを身に覆った。右のポケットに、赤い毛糸の手袋を入れる。胴にポシェットを巻いたので両手が自由だ。ブーツに足を押し込むとジーパンの裾を引きおろし、急ぎ足でドアの外に出た。
マンションの駐車場には、達郎の小豆色の四輪駆動車が、エンジンをかけたまま待っていた。車高は随分高くしてあった。バンパーやドアの下部には乾いた泥がこびりついていた。真砂子が「お待たせしました」と作り笑いを浮かべながら乗りこむとたちまち発車した。車内には暖房がほとんど効いていない。達郎は正面を向いたまま「疲れてるのに、申し訳ないなあ」と言った。ここからもうタメ口を使う気なのか、と真砂子は用心した。達郎は、ユニクロで買ったような、黒の上下のスキー服を着ていた。頭にはオレンジ色のバンダナを巻いている。スキー場で、ろくにスキーをせずに女の子を追いかけてばかりいる遊び人といった格好だった。真砂子はシートベルトの端を差し込むときに、達郎の横顔をうかがった。相変わらずビール瓶色の皮膚を頬骨が突き上げていた。傲岸不遜の表情も変わらない。夏、マンションのエレベーターの中で、急にこいつにキスされたっけ。避けようがなかったな。
真砂子は、この車に何度も乗っている。四人でこの車に乗って、テニスの遠征試合に行ったものだった。夏から秋にかけてはキャンプにも行った。映画を見にも行った。じゃんけんで運転手を決めて味噌っかすにし、残りの三人で酒宴を張った。楽しい時を過ごした。夢のようである。
真砂子は、思い返してみて、達郎と二人だけでこの車に乗るのは今回が初めてなのに気がついた。四人で冗談を言いあいながら乗っていたときと比べると、今の緊張感と陰鬱さは異様だった。真砂子は興奮のあまり汗が出そうになった。それを見越して暖房を効かせていないのかも知れなかった。そう思うとますます汗が出てきそうである。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦