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郊外物語

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昨日、いよいよい棺を運び出す際に、棺のふたが開けられた。ドライアイスの煙の先端が床に向かって転がるように落ちていった。玲子は、長袖で裾がくるぶしまで届く純白の尼僧衣を着ていた。天使のようだった。平べったい、直径一メートルほどの、竹で編んだ盆が三っつ運ばれてきた。それには、白い牡丹の花が満載してあった。弔問客は、それをとって棺に投げ込む。玲子の遺体はたちまち白い牡丹の花で埋まった。義人と真砂子も一枝ずつとって投げ入れた。ドライアイスと効き過ぎる暖房装置の三日半の攻防の結果が出ていた。玲子のかかとのあたりからかすかに魚醤の臭いが漂ってきた。腐敗が始まっていた。真砂子は玲子の頬に左手を伸ばして触ってみた。氷のように硬く冷たかった。反射的に手が縮こまった。嗚咽がこみ上げてきた。なんて不幸だったんでしょう。私が知っているよりも、きっともっともっと不幸だったんでしょうね。今だって殺された相手に頬を触られて憐れまれるなんて、なんと不幸なんでしょう。
真砂子のどこかで、流れ星のように、生に対する全面的な疑いが、光って、またたいて、たちまち消えた。
参列者でいっぱいの斎場前の広場で、達郎と玲子の父親が霊柩車の傍らに立って挨拶をした。やはり三津田が司会をした。そのあと、父親は、手伝いの女たちにひとりずつ感謝の挨拶をしてまわった。袋に入れた、おねぎらい、を配った。実際に手渡したのは、八重子さんと呼ばれている六十年配の恰幅のよい女性だった。彼女はバスでやってきた飯田の人たちを取り仕切っていた。玲子の父親は、達郎と話をしている義人に、話に割り込むように挨拶をすると最後に真砂子のところに回ってきた。真砂子をまぶしそうに見ながら、一通りの挨拶をした後で、次のようにつぶやいた。
「あなたのように、玲子はなれませんでした。こんなことになるなんて。だれよりも残念に思い、驚いているのは玲子自身でしょう。玲子はあなたのことをとても好きでした。あなたとさらに仲を深めていく機会があったらよかったのに、とは、言っても甲斐ない繰り言です」
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦