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郊外物語

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「困りましたな。じゃあ、サスペンスの脚本家に対する素朴な質問ぐらいで勘弁してください」
「いいわよ、なんなりとどうぞ」
「さっきの、日御碕灯台のシーンのことですがね。伊都子は随分リスクの大きな行為に出ますね。直接自分の手で突き落とします。勢い余って、とか、相手にしがみつかれ、とかして、自分も転落する可能性がありますよね。下手をすると、肩透かしや打っちゃりを食うかもしれない。昭子の乗った岩がもう少し手前にあるか、伊都子の押す力がもう少し弱かったら、崖っぷちの外に、昭子の体が出なかったかもしれない。あの時風がないでなかったら、海風で吹きつけられて、崖の途中に昭子の体が引っかかったかもしれない。とにかく、自分が死亡する可能性も含めて、うまくいかない可能性は高そうです」
「しかし、第三者に依頼した場合でも、たとえその人物がプロであったとしても、うまくいかない可能性は残りますわ。程度問題です。さらにこうした場合、新たな、きわめて困難な問題が発生します。その問題とは、第三者をいかに処理するかです。その代行者が死んだ場合は、その死体を放置はできません。死体から足がつくからです。死体は、ひとつでも、大きな厄介ものです。代行者が生きている場合は、依頼者は決定的な弱みを握られることになりますから、下手をすると一生その者の奴隷として生きなければならなくなります。ほとんどが、第二の殺人事件を引き起こし、以下同様の繰り返しとなります。毒薬や銃刀器を使う場合も似たようなものです。犯行前の入手経路も犯行後の痕跡も、完全に消すことは不可能です。科学技術の進歩は止みませんよ。近い将来、警視庁の刑事部は、鑑識と科捜研だけになるでしょう。結局、媒体なしの徒手空拳が、犯行にはふさわしいんですよ。となると、直接攻撃しかありませんね」
「媒体なしでは作用は伝播しませんが、電磁波が空間を媒体とするように、媒体と意識されないものを媒体に利用して、あくまでも直接性を避ける手はないでしょうかね。水中の魚を殺すのに水を使うといったような」
「呪文を唱えながら、わら人形にクギを打つ、という手はありますわ」
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦