郊外物語
「わざわざ言う必要もないことだがね。強い哀しみは感じている。僕は薄情ではない」
義人は、再び真砂子の目を流し目で見た。真砂子は、これが義人の弁明の仕方なのかと、感心もし、がっかりもした。義人の眼光は酔っているとは思えないほどに鋭いので、危うく義人の発言に一点の嘘いつわりもないと信じかけたほどだった。気を取り直して言い返す。
「しかしねえ、外でさんざん飲んできて、今またうちで飲んでるのは、とにかく酔っ払っていたいみたいに見えるわよ。それって玲子さんの死と無関係かしら?」
「関係がないどころではないよ。玲子さんが亡くなったのが、飲んでいる理由だ」
真砂子はびっくりして、押し返すように義人の目を見返した。
「ただし、手術で殺した後の習慣化した行状に従っているだけだ。手術で殺した後、飲んだくれるのは、君がよく知っている僕の習慣だ。僕は君にも言えないくらいの人数のクランケを手術室で殺している。そのたびにアルコールの力で忘れてきた。それと同じだ」
「冗談でしょ? 何で玲子さんの死と手術の失敗が同じことなの。関わりのあった者が死んだ、というところだけでしか共通点を持たないわ。玲子さんとの関わり方と患者との関わり方は性質が違うでしょ。まったく、あなたが玲子さんを殺したわけでもあるまいし」
真砂子は、今自分が変なことを口走ったなと感じて、あわてて口を押さえた。義人は、右の眉をわずかに上げたが、それが真砂子の言葉に応じたものかどうかは真砂子にはわからない。
「手術で患者を殺してしまう原因が単純な動作ミスであることはほとんどない。これ以上手の打ちようがなくて、あるいは、予測不能な事故で、残念ながら殺してしまうんだ。手術前には、患者と医者は十分話し合いをしておく。患者にそれが不可能なら、患者の家族と交流を深めておく。彼らはその多くが切実で率直で虚飾がない。時間をかけた人間的交流を経て手術に移行するんだ。玲子さんの死も、手の打ちようのない、予測不能な事故死だった。玲子さんと達郎氏との、僕の人間的交流はマンションの他のどの家族よりも深かった。僕がいつもの習慣に従ってしまったのも不思議はないだろう」



